川島佑介のtasting time
第2回 ワインの匂い/オフコース(1975)
中学校に通っていた頃、小さなラジオにかじりつきながら毎週聴いていた番組があったのですが、ある日の生放送中、たった一曲のカヴァー曲の演奏で僕の心を一瞬にして虜にしてしまったグループがありました。その彼らというのは、当時三人組から二人組への変身、またシングルのA面としては初めてのオリジナル楽曲「僕の贈り物」と同名のアルバムのリリースを以って活動を再開したばかりの「オフコース」。彼らの美しい歌声と二人の織り成すハーモニーは抜群でした。何とかしてオフコースの演奏を聴きたい、彼等に会ってみたい。そんな望みを叶えることが出来たのはそれから間もなくのこと。1974年7月2日、公開生番組を放送していた文化放送の第五スタジオでのことでした。
この番組の目玉はライヴコーナーで、チューリップ、キャロル、つのだひろ、泉谷しげるなどが、数々の素敵な生演奏を楽しませてくれました。そんな中においても「オフコース」のライヴパフォーマンスは、その洗練されたセンスを以って際立っており、僕の心をさらに惹きつけました。その時の感動が、やがて僕を日本語によるライヴパフォーマンスやオリジナルの楽曲制作の道へと駆り立ててゆくきっかけになるのです。
「僕の贈り物」以降のオフコース初期に見られる小田和正作品の中にはCarpenters, Burt Bacharach, Carole King, Bread,
America等の影響がとても色濃く出ているように感じられます。それらは皆「メロディの美しさと繊細な音使いからなるロマンティックな世界観」というようなイメージを共有しています。
「愛を止めないで」以降のオフコースから小田和正のソロに至る作品群に感じるものを「ポジティヴさと繊細さとの融合的なロマンティシズム」と表現するならば、ファーストアルバム「僕の贈り物」から「ワインの匂い」までの作品群に感じるものは「悲観主義的立場にたったロマンティシズム」だと言えるのではないでしょうか。活動初期のそれは、一般的に言われるところのフランス映画のそれと通じる部分のように感じられます(とは言え『セC'est
ラLa ヴィVie』などという言葉でまとめ上げてしまうようなタイプのフランス映画はちょっと苦手な僕なのですが・・・・)。そんなところが長年に渡り「オフコースの音楽は女々しい」などと言われる要因にもなっていたようにも思います。しかし僕に言わせれば、その時代、彼等の音楽ほどに繊細でロマンティックな音楽というものは存在しなかったように思います。それ故、未だに根強いファンが多く残っており、上質なその頃の作品を多く含んだ小田和正のセルフカヴァーアルバムが成功へ繋がったのだと思うのです。
音楽を作るということは、ある美意識に導かれ「美」自身を表現しようと試みる行為であり、その音楽に惹かれるということはその音楽が表現しようとしている「美」そのものを感じているという状態なのではないかと常々僕は思っています。そんな思いさえもその音の中に強く抱かせてくれるオフコースの音楽世界というものは、同じく音楽を作っている僕の「宇宙」の中では云わば「哲学」のような存在であり、そのアルバムはさながら「バイブル聖書」のようなものでもあるのです。
では僕にとってのバイブル的アルバム「ワインの匂い」に収録されているいくつかの曲の紹介をしてゆきましょう。あくまで川島佑介のtastingということで、今感じることを当時のエピソードを交えながら書いてみたいと思います。
まず静かに聴こえてくるのはアスファルトを打つ雨の音。ノクターン調のピアノが流れる中を一台の車が走り抜けてゆく。そして優しい歌声と共にオフコースの世界が始まります。
― 「雨の降る日に」
雨が降るたびに、いつもひとりきりでいたあのひと女を思い出してしまう・・・・。流れていく時の中で今もそこに佇んでいるのは、彼女ではなくきっと彼自身なのだろう・・・・。まるで映画のワンシーンのように豊かなイメージが浮かぶバラード曲。
― 「昨日への手紙」
人と出会い、そのやさしさに触れながらも、人は自らの求める道へとひとり旅立って行く時がある。そんな時人を支えるものはやはり愛・・・・。とかく悲しい思いに埋まってしまいがちな「別れ」という場面が、静かな朝の風景の中でさわやかに描かれています。鈴木康弘の名曲。
― 「眠れぬ夜」
縛られているからこそ感じられる自由という存在・・・・そのことに気づかずに過ごしてしまった為に何かを失いかけるということは多いですね。恋愛にとってはまさに致命的ともなりかねません。誰もがご存知のこのオフコースの代表的なポップチューンは、当初バラードとして作られていたらしいのですが、周囲の強い奨めの中、明るいアップテンポのナンバーに変えられたそうです。時間が経過して客観的に自分の曲に触れられるようになると、意外に「変えてもらって良かったかも・・・・」などと内心思ったりしつつも素直に認めたくはないという思いの中で、よくもがく僕がいます。
― 「倖せなんて」
悲観主義に立って「倖せ」を皮肉っている作品ですが、その中に「倖せ」というものへの迷いや渇望が伺われる初期のオフコースの一面を象徴しているような作品。「幸せ」ではなく「倖せ」という表現が僕はとても気に入っています。
― 「ワインの匂い」
アルバムのタイトルチューンでもあるこの曲は、オフコース特有の世界観、些細なことで崩れてしまいそうな微妙な心の風景というものを、詞とサウンドの融合で見事に表現しています。ここで歌われている主人公の少女のモデルは、当時小田和正が抱いていた、デビュー当時のユーミンのイメージだそうです。
― 「愛の歌」
珠玉!その一言に尽きます。と言い切ってしまいたいほど素晴らしい曲です。オフコース後期の名作である「言葉にできない」などの小田ワールドは既にこの時代にありました。
― 「老人のつぶやき」
人生の岐路にあって「もしあの道を選んでいたら」という思いを抱かせる「あの時」というターニングポイント。その「あの時」ということば詞を「あの人」に置き換えて作られたこの作品は、過ぎ去ってゆくすべてのものに捧げるレクイエムのように静かに心に響いてゆきます。
今回このアルバムのことを書こうと思い立ち久しぶりに聴き返してみたのですが、遠い日の思い出と共に今の自分の心の姿を改めて見せてもらう良い機会ともなりました。そんなアルバムを心にどれだけ持っているかということが、豊かな人生のバロメーターにもなるのかもしれないと感じています。
このアルバム制作に入る前に彼等は、『お金はいらないからレコーディングする時間がたくさんほしい』と言ったそうです。その思いが十二分に伝わってくるアルバムだと思います。今年は「オフコースデビュー35周年」ということで、オリジナル仕様のパッケージのデジタルリマスタリングされたものも発売になっているので、近頃ロマンティックな音楽が少なくなってきたな・・・・と嘆かれている方には、この機会にぜひ聴き込んで頂きたい作品です。
2005.4.25 掲載
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