第10回 社長よりも威張っている番頭(1)
「最近我が社の番頭の様子がおかしいんです」
唐突な電話だった。
——番頭さんですか?
「ええ、勤続20年近くなる営業部長です。経営会議等で、部下に檄を飛ばすのですが、限度を超えているようです」
——お電話では良く分からないので一度お伺いしましょうか?
「いえ、会社に来ていただくと、番頭が怒り出すので、私から行きます」
滋賀県外の会社の社長がわざわざ彦根まで来るのだから余程の事があるのだろう。狸としてはこちらが会社に訪問して現場を見ておきたいのだが、先様が来ないでくれというものを押しかけるわけにも行かない。
数日後、件の社長が狸事務所に来た。
社長の話を要約すると…。
- 会社は建築業で、業歴100年程度。従業員数は40名程度。売り上げは、元請額で30億円程度。
- 問題の営業部長は、昭和23年生まれ。某大手の建築会社の地元支店で営業部長をしていた人に20年前に来ていただいた。
- 中小企業のその会社にとっては、大手のノウハウを自社に取り込める。営業部長にとっては、全国転勤が無くなり、地元に落ち着ける。ということで、双方にメリットがあった。
- 最初は、大人しくしていた営業部長だが、次第に態度が大きくなり、部下に対して怒鳴り散らすようになった。また、社長の自分に対しても、大企業から中小企業に来てやったんだぞという態度で、だんだん暴言を吐くようになった。
- いつの間にか、営業会議は毎朝7時に開催されるようになる。営業会議に先立ち、幹部会が6時半に開催される。つまり、幹部は6時半出勤だ。
- 7時頃、営業社員が出勤してきて、営業会議と称する営業部長の罵声が響き渡る。
- 罵声の的になるのは、なんと社長だ。営業社員の前で、社長がつるし上げられる。信じられない話だが事実のようだ。
- 会社の経営が行き詰まりそうになった時、営業部長に助けられた恩義がある。その時に、会社の中枢事項を営業部長に握られてしまった。今では、営業部長がいないと会社が全く回らない状態。だから、営業部長は社長に対して、横柄な態度を取ったり、営業社員の前で罵声を浴びせたりする。それに対して、社長も会社のために我慢している。
……とのこと。
——銀行とかの借り入れはどうしていますか?
「営業部長が書類を作って、私は判子を押すだけです」
——賞与や昇給は?
「同じです。全て営業部長が書類を作って私が判子を押します」
——社長が判子を押さなかったらどうなりますか?
「その選択肢はありません。外出等で少しでも押印が遅れると、やいのやいの催促されます。書類の中味の説明を求めるだけでも怒鳴り散らされます。営業関係だけではなく総務関係の種類もすべて営業部長が部下に命じて作成させ、営業部長の都合の良い書類が出来上がります」
——社長は普段どのような仕事をしていますか?
「机に座っているだけです」
——外出したりしないのですか?
「外出するには営業部長の許可が必要です。また、逐一報告を求められるので、昼食以外は外出しません」
——しんどくないですか?
「しんどいです。だから相談に来たんです」
——具体的な依頼内容を教えてください。
「営業部長に退職していただきたいんです」
——解雇ですか?
「いえ、解雇でなくとも良いです。退職さえしてくれればいいです。しかし、営業部長がいなくなると会社が回らなくなるので、本当に退職して貰ってもよいのかどうか悩んでいます」
——分かりました。なんとかしましょう。
建築業にしては穏やかな社長だ。普通の社長なら怒鳴り散らしているだろう。
ところで「営業部長がいなくなると会社が回らなくなる・・・」ということだが、中小企業の鉄則で、「どんなに優秀な人材でも退職すると言えば引き留めない」がある。引き留めをすると次第に足元を見られて引き留めした従業員の態度が大きくなる。その結果として労務管理が緩んでしまう。
今回の事件はまさに引き留めの結果、もしくは躊躇した結果、足元を見られてしまったのだろう。
——とりあえず、営業会議の内容を録音していただけますか?
社長に3カ月間営業会議の内容を録音していただくように依頼して、その日の打ち合わせは終了した。
2014.12.15 掲載
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