第6回 おしゃべりすぎる相談者
のっそのっそと巨体を揺らして彼が相談ブースに入ってきた。老齢年金にしては少し若いな。年金記録かな? それとも障害年金か?
ブースに座ったとたん、彼が怒り出した。
へ?? へ? えへ? いったい何を怒っているんだ???
さっきまでのゆっくりとした動きはどこへ行ったんだ?
いきなりまくし立てている。しかも、意味不明だ。いったい何を怒っているのかさっぱりわからないが、異様な雰囲気でまくし立て続けている。あたかも、火を噴くゴジラのようだ(失礼)
普通の人は、わめき立てていても、5分もすれば同じ話の繰り返しになるのだが、彼はとんちんかんな話で怒り続けている。こんな時は、彼のペースに巻き込まれないように、じっくりとこちらが話をできるタイミングを待つに限る。
小一時間もまくし立てただろうか。やっと疲れてきたようだ。
「ところで、お名前を教えて頂けますか?」
ブースに入ってかれこれ1時間もたつのに、まだ本人確認すらできていない。彼が落ち着くのを待って、免許証を見せて貰って本人確認をした。本人確認がほどよい休憩になったのだろうか、本人確認が終わるとまた怒り出した。
じっくり聴いてみると、どうやら、
(1)自分は急に怒り出す癖がある
(2)怒り出したら止まらない
(3)時には凶暴になり、人に暴力を働く
(4)自傷行為をする時もある
という内容みたいだ。(1)(2)は既に体験した。ブースに入ってきてからの行動でよく分かった。
(3)(4)については、心の病の方にはありがちな事だ。
彼が疲れるのを待って、声を掛けた。
「ところで、今日はどのような相談でしょうか?」
役場の人に聴いてきたのですが、年金はもらえないのですか?と言いながら怒り出した。
どうやら、役場で障害年金が貰えるかもしれないと言われたらしい。それで相談に来たのだが、自分を上手くコントロールする事ができずに、言いたい事がきちんと言えないようだ。
暫くして、彼が疲れてきた頃合いをみて、声を掛けてみる。
「心のご病気で年金の相談ですか?」
「そうなんです。年金の相談です。年金が貰えるのですか?」
会話が通じた。
しかし、そのあと、何かを喋り続けている。興奮状態は収まったようだが、一生懸命喋っている。
「私は、喋り出したら止まらないんですよ」
「はい。良く分かります」
また、喋っている。
「どちらの先生に診て貰っていますか?」
こちらの質問は無視して喋り続けている。
「今、お医者さんにかかっていますか?」
まだまだ喋っている。
半日がかりで話を聞いて、精神疾患で年金をもらう場合の手続きを説明した。成り行きを事跡として記録に残して今日は終了。
つかれた〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜。。。あーーーーしんど!!
基本的にはその日の事はその日のうちに忘れる。そうしないとストレスが溜まって仕方がない。ということで、バッセンでも行って八つ当たりしてこよう(^。^)
* * * * *
さて、そんなことがあったことをすっかり忘れたある日の午後、 のっそのっそとゴジラの彼がブースに入ってきた。
うわ====。またでた〜〜〜〜〜
狸の正直な感想である。
相変わらず、ブースに入ったとたん怒り出した。
しかし、今日は何か雰囲気が違う。なんと奥さんがついてきてくれたのだ。
前回と同じように怒っている彼。横には、細身で穏やかな奥さん。
美女と野獣やなぁ(失礼_(__)_)
奥さんにはお構いなしに彼は怒っている。物静かな奥さんが彼に向かって何か声を掛けた。そのとたん、あら不思議???? 彼の怒りが収まった。
今がチャンスとばかりに本人確認をした。本人確認は例え顔見知りでも来所の都度行うのが原則だ。
彼がまた喋りだした。
さぁ、今日もこれから半日仕事だ。体力勝負になりそうだ。気合いを入れて頑張るぞ。
その時に、また、奥さんが声を掛けた。
ありゃー????また、彼が静かになった。
どうやら、奥さんは彼が静かになるタイミングを知っているようだ。そのタイミングで声を掛けると彼の怒りや怒濤の喋りは納まる。まさに、猛獣使いだ(大変失礼__(__)__)
奥さんの呼吸をじっと伺ってみる。
良く喋る人は、喋り始める前にかぶせてやると、喋りが納まりやすいのだが、彼の場合は、喋りの中に息継ぎをする時間がある。息継ぎの次に一瞬一休みする癖がある。このタイミングで声を掛ければ、こちらの声が彼に届くようだ。
奥さんは夫婦生活の中で自然にこのタイミングが身についたのだろう。声を掛けるタイミングさえわかれば、会話が成立する。奥さんに感謝だ。
じっくり話を伺うと、今までいろんなところで相談しても相手にされなかったのに、前回狸が話を聞いてくれた事が嬉しかった。・・・・・そうだ。本当は狸は唖然としていただけです。スンマセン。
診断書を見せてもらった。
「多弁症」
納得。こんな病気があるんだ。関西のおばちゃんはみんな病気やな(^^;
そんな失礼な事を考えながら、他の書類を確認する。診断書から初診日が特定できた。彼の話や奥さんの話と、診断書記載の初診日が符合する。初診日において保険料納付要件も確認できた。他に必要な書類を一通り説明して、その日はお引き取り頂いた。
その後、彼には障害基礎年金2級が支給される事になった。
めでたし。めでたし。ふー。。○
2014.4.7 掲載
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