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第1回 国民年金の繰り上げ受給は 得? 損?


「65歳から多く貰うより、今、沢山貰っとかないと、いつ死ぬか分からないじゃないの」
 「うちの家系は長生きできない家系だから、自分も長生きできないから、繰り上げします」

年金相談の現場で、良く聞く「言い訳」です。
 もっともそうに聞こえますが、一生懸命繰り上げに対して理由を考えています。心のどこかに「繰り上げするのは仕方がない」という自分への説得を求めているのでしょうね。

「だって、繰り上げしないと、早く死んだら損するやん」
 繰り上げを希望する人は異口同音に同じ台詞を言われます。
 本当に早く死んだら損なんでしょうか? 損をしないためにも、繰り上げをした方が良いのでしょうか?

 実は、「損」「得」の概念で年金を計ろうとするところに誤りがあります。
 年金は老後の人生を安心して暮らしていくための、手段の一つです。そこには、本来「損」「得」の概念ではなく、老後の安心の考え方が重要になります。

人生は「損」「得」では計れないことが沢山あります。
 たとえば、綺麗な女性と結婚するのと、かわいい女性と結婚するのはどちらが得かというような問題です。
 あるいは、子育ては損か得かという問題もそうですね。損得ではなく、子供が好きかどうか、子供が欲しいかどうかの問題ですよね。
 つまり、心の問題です。

日本の公的年金は、世界的に見ても非常に優れています。
 最も注目すべき所は、年金により、老後であったり、遺族であったり、障がいになった場合に、年金があれば、不安無く人生を過ごせます。
 心を貧しくすることなく、人生を過ごせるわけです。

年金がない場合は、どうでしょう?
 少し前に問題になった貧困ビジネスの対象となる生活保護の受給者で説明します。

さも、弱者であり、保護されるべき報道が繰り返されましたが、現実には「心が貧しくなっている」と感じる人もたくさんいます。

例えば、釜ヶ崎で路上生活をしていた人が貧困ビジネスに声を掛けられて、天下茶屋の1泊1,000円のホテルに宿泊するようになった。この段階では、天下茶屋に住んでいますから働こうと思えば働ける状態です。
 しかし、天下茶屋では施設が手狭ですので、生活保護の認定地特例を利用して、滋賀県内の大きな施設に移住します。
 田舎の山奥にある施設で、3畳一間、三食昼寝シャワー付きの生活です。食うや食わずの路上生活から考えれば雲泥の差ですね。釜ヶ崎に戻って仕事をして路上生活に戻ろうとする人は少ないでしょう。労働意欲はなく、明らかに、生活保護を受けることを目的にしている人もいます。日本中の人が一生懸命働いているのに、生活保護の身に甘んじて、働こうとしません。

この方々が年金の手続きに来ると、不明年金が続々出てきます。若い頃にあちこちを転々として、その都度年金の管理もほったらかしにしたのでしょうね。
 明らかに本人の記録と推測できても、本人が否定すると本人の記録となりません。このことにより、年金額が少なくなります。

年金が支給されると、年金の分だけ生活保護費が削減されます。生活保護費が減額されると言うことは、税金の支出が少なくなると言うことですよね。
 しかし、不明年金を否定することにより年金額を増やそうとしません。年金が増えて、生活保護が止まると困るという考えが働くようです。現実には、短期間の不明年金を繋いでも、生活保護が支給停止になるぐらい不明年金が出てくる人はまれなのですが…。
 長く生活保護を受けていると、生活保護から抜け出せなくなり、生活保護費の減額に過敏になりがちです。明らかに心が貧しくなっていますね。

さて、貧困ビジネスの生活保護の受給者まで行かなくても、繰り上げ請求する人で、当座の生活のために本当に繰り上げが必要な人以外は、心が貧しくなっている傾向が強くあります。

国民年金の繰り上げは、繰り上げ時点より200カ月以上長生きすると、受給額が繰り上げするより繰り上げしない方(本来額)が上回るように設計されています。

つまり、損得で考えるなら、今後200ヵ月生きられるか?
 という問題です。

しかし、現実の生活では、損得は全く関係なくなります。生活をしている時点において、どれだけ安心して暮らせるかという問題になります。

ところで、国民年金の話で、生活保護、それも、貧困ビジネスの宿泊施設で生活している生活保護の人と比較するのは極端だと思いませんか?

狸たち社会保険労務士が労務管理を考える上で、特に就業規則を書く時に、気をつけるとは、極端な例を考えて、不測の事態に備えることが肝心です。極端な例を考えることで、問題点が顕在化してくるからです。就業規則を書く側の理論です。

公的年金制度も同じで、極端な例を考えて、極端な例にも対応しうる年金を作る必要が有ります。また、日本の公的年金は憲法で保障されている生存権から直接発生する権利であるとする考えが通説ですから、極端な例にも対応できるように作られています。まぁ、だから、日本の年金は複雑になっているのでしょうね。

国民年金と生活保護の話を戻しましょう。

国民年金の満額は、778,500円(平成25年10月価格)です。ご夫婦二人ですと、

778,500円×二人=1,557,000円

1ヵ月分は、

1, 557,000円÷12ヵ月=129,750円

これに対して、大阪市の夫婦二人の生活保護は、2010年度の平均で

1世帯当たり、平均2,730,000円

1カ月分は、

2, 730,000円÷12カ月=227,500円

しかも、住民税や国民健康保険料は無料です。

実質的には年収600万円ぐらいの会社員世帯と同等という方もいます。

年収600万円かどうかは別にして、国民年金より生活保護の方が圧倒的に、金額が高いですよね。

では、大阪市内にお住まいの自営業の方々(厚生年金が無く国民年金だけの人)が全て生活保護を受けているかと言えば,そんなことないですよね。

自営業の殆どの方は、仕事をしながら国民年金で生活しています。

損得ではなくて、仕事に対する情熱や人生に対する誇り、自信などで仕事をしながら国民年金を受給して生活する道を選ぶのでしょうね。

心の強さや心の豊かさを感じる一面です。

日本に住んでいる殆どの方は、もし、国民年金と生活保護を選択できる状況になったとしたら、大阪市内の自営業の方と同じ選択をするでしょう。

日本に住んでいる人は、心が豊かな人が圧倒的に多いんですね。日本って良い国ですね。

そして、その心の豊かさを、老後や遺族、障がいの局面で支えるのが日本の公的年金なんです。

年金というお金を受給することが年金ではなく、年金というお金で心の豊かさの支えになるのが日本の公的年金です。

2013.11.13 掲載

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