第137回 ハゲ一族
昨年の12月、隣に住む父方の叔父が亡くなった。わりと元気にしていた叔父が体調を崩し救急車で病院に運ばれたのが昨年の夏。その後入退院を繰り返し、そのたびにゆっくりと衰弱していく姿を見かけては、ああ、もう近いかもしれないなぁ・・・と思っていたところ、12月の3日の夕方、静かに逝った。最後はあまり苦しむこともなかったようで、それだけは幸いだった。
葬儀に出席するために、大阪、三重、名古屋、そして東京に住む親戚一同が集まった。一族が会するたびに思うことがある。自分は本当にこの方々と血が繋がっているのだろうかと。叔父、叔母、従兄弟連中、どの方を見ても、自分のような、いいかげんで常識はずれで感情の起伏が激しい人間は見あたらない。みんなごくごく普通の方々なのだ。朝ドラと大河ドラマをこよなく愛し、紅白歌合戦は家族で見る。会話においても、毒のある皮肉やシモネタはまず言わない。口から出るのはダジャレと欽ちゃんのような人畜無害の冗談ぐらい。だから口の悪い自分は、お通夜やお葬儀の席ではなるべく口を貝のように閉じることにしている。でもこれは、出ようとするオナラを我慢するように、身体にかなりのストレスがかかる。昔からそうだった、これを言っては駄目ですよ、と注意されればされるほど、異常にそのことに触れたくなってしまう。要はあまのじゃくなのだ。
我が一族はハゲが多い。しかし、このことについては公の場ではアンタッチャブルになっている。どれだけハゲが多いかというと、お隣の式場と比べれば一目瞭然。蛍光灯が、整然と並んだ禿頭に反射して、こちらの式場の方が数段明るいのだ。これには本当にビックリした。ハゲは暗い式場内を明るく照らす。これだけでもハゲの存在価値はあるのだ。素晴らしきハゲ軍団。
お通夜の席で次女が小さな声で聞いてきた。
「○○おばさんの旦那さんってどの人?」
「あそこの頭の薄い人だよ」
「えっ、どこ?」
「そこのほら、頭がズルっとむけてる人だよ」
「前がズルむけの人?それとも後ろがズルむけの人?」
「後ろだよ」
「あの白い数珠を持ってる人?」
「違うよ、あの人はズルむけというより、ほとんど残っていないじゃないか、その後ろの列の人だよ」
「あの列ハゲが三人並んでいるよ」
「その中で、頭がチンポコの頭のようにむけちゃってる人だよ」
「ああ、あの人ね」
「バカ!指をさすんじゃない!!失礼じゃないか!!!」
「チンポコの頭って言う方がよっぽど失礼だと思いますけど・・・」
「・・・ごもっとも」
「それにしても、ハゲ頭がこんなに多い集まりはここしかしらないよ」
「右に同じ」
と、ここで隣から肘鉄が飛んできた。兄貴だ。うちの兄は人前ではスクエアーなフリをするので、かなり怒っている。そう、本当はざっくばらんな人なのに、人前では四角四面な感じを保つ、古典的な日本人。うーん、疲れる。ここらあたりに僕の人前嫌いがあるのかもしれない。こちらは人前で自分を取り繕うことに労力を割くのが堪らなく嫌なのだ。オレはこうなのだからそれでいいじゃないか、とついついどこかで思ってしまう。
友人の先輩Kさんはあきらかにカツラとわかるものを頭に貼り付けている。Kさんはものすごくいい人で、僕みたいな人間のこともいろいろ気にかけてくれる奇特な方で、たまに食事に誘ってくれたりする。食事に行けば話に華が咲き、とても心地よい時間を過ごすことができるのだが、いまひとつ、どこかうち解けることができない。その原因はカツラ。カツラについて一切触れることのできないワタシ、カツラについて自分からは一切何も語ることのないKさん、これが二人の間に溝を作っているように思う。
友人に聞いてみた。
「カツラの話はやっぱりNGなの?」
「当然です」
「さりげなく、カツラに触ってみては駄目だろうか?」
「駄目です。だいいち、さりげなくそんなことができるとは思いません」
「じゃあ思い切って、それカツラですか?と聞いてみるのはどう?」
「それは絶対駄目、そこだけはふれてはいけないのです!!」
そこまで言われたら、こちらとしてもふれることはできない。どんなに風が強い日でも、ビクともしない頭髪。夏は蒸れるせいか、暑い暑いと言いながら、頭とカツラの隙間から滝のように汗を流し続け、そして雨が降ると猛ダッシュで雨宿り場所を探すKさん。そんなKさんに対して何も言ってはいけないなんて・・・もう苦しくて仕方がない。いっそのことカツラを団扇代わりにして、しらっとした感じで煽ってくれればいいのに・・・しかし、そんな素振りは微塵もない。度重なる苦しみからか、Kさんとはあまり会わなくなり、結局疎遠になってしまった。
たけし軍団の玉袋筋太郎(浅草キッド)はその著書『男子のための人生のルール』(理論社)でこう云っている。
──自分が恥ずかしいと思っていること、コンプレックスに感じていることほど、友だちなんかにはひた隠しにするんじゃなくて、さらりと見せればいい──
さらりかどうかはわからないが、僕は隠さない。僕の頭髪は薄い、これでもかというくらい薄い。その薄さは年々深まっていっている。しかし、隠さない。頭を短く刈り込み、薄さをアピールしている。どうだ!薄いだろ!!威張るようにして頭を晒している。にもかかわらず、陰で僕の頭髪について囁く奴らがいる。息子なんか、会うたびに頭に目をやりニヤニヤしている。そう、嘲笑というやつだ。これにはいささか腹が立つ。自分の心のどこが傷つくのか知らないが、とにかく腹が立つ。それが親子だとより一層だ。
昨日もこんなことがあった。居間の机の上に見慣れない眼鏡があった。よく見ると次女の眼鏡。次女は忘れ物をよくする。その戒めと、すぐに知らせるのはシャクに障るので、自分の眼鏡を外し、次女の眼鏡をかけて彼女の部屋へ行ってみた。
「なに? お父さん。何か用事」
「うん、ちょっとね」
「ちょっとって?」
「お前、何か気がつかないか?」
「何が?」
「オレの顔を見て、何か気がつかないか?」
「うーん・・・老けたね」
「そりゃ老けるよ、今年で49歳になるんだからな。でもそれじゃない」
「えーっと・・・暗いってこと?」
「それは今に始まったことじゃないだろう」
「・・・いちだんと頭が薄くなった?」
「昨日とあまり変わっていないだろ!」
ちょっと腹が立ってきた。
「うーん・・・わからないなぁ・・・」
「ちゃんと、顔を見てみろ!!」
「病的に白くて、浮腫んでいて、気持ちが悪い?」
「バカ!!いいかげんにしろ!!!目を見ろ!!!オレの目を!!!」
「わかった!!!目が胡散臭い!!!!」
「もういい!!!!」
「なに怒ってるの?」
「うるさい!!!!」
頭にきたので、そのまま帰ってきてやった。やはり人間は「恥」を他者から指摘されると腹が立つらしい。他者から言われることにより劣等感が巨大化し、自分では「恥」だと感じていないことがらが、人が声に出すほどの大きな「恥」に化学変化してしまうのだ。やはり敵は己の中にあった。でも、そう考えると、一般的にハゲという存在をアンタッチャブルにするのもわかるような気がする。触らぬ神に祟りなし、なのだ。
今回は亡くなった叔父の話をしようと思っていたら、いつの間にかハゲの話になってしまった。そういえば叔父もかなりのハゲだった。それもかなり若いうちから・・・。その血はしっかりと自分にも受け継がれている。
まあいい、今年も何とか始まった。
本年もよろしくお願いいたします。
2009.1.12 掲載
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