第132回 発作性頭囲目眩症
9月10日、水曜日、晴。朝食後、名古屋方面に向けて出発。目的地は中部国際空港・セントレア。せっかく近くまで来たのだから、ミーハーな場所にも行ってみようと言うことになった。
セントレアに行くには伊勢湾自動車道を走り、大府出口から知多半島道路に入らなくてはならないのだけれど、W氏が大府出口をスルーしてしまい、いつの間にか東名高速道路に入ってしまった。
体制を整えるため、近くの刈谷サービスエリアに入る。そこは予想に反して大きなパーキングで、刈谷ハイウェイオアシス「天然温泉かきつばた」なる建物まであった。なんと、天然温泉が高速道路内にあるのだ。偶然にも、これはいいものを発見したと、セントレアの帰りに寄ることに決め、僕らは来た道をあと戻りして、もう一度セントレアに向かった。
セントレアは大きな田舎都市・名古屋を象徴するように、巨大な張りぼてのような建物で、大味極まりないつまらない所だった。空港内で食べた昼飯も、名古屋の名店のひとつと謳ってある割に、たいへん味気がなく、味音痴・名古屋を物語っていた。
そうそうに引き上げ、先程の「天然温泉かきつばた」に行く。この3日間で、温泉に入ること7回。入浴総時間、約7時間。中年男二人組は、すこぶる風呂好きだ。
また、ここでは名古屋の土産物も数多く売られていて、売店は結構賑わっていた。名古屋で買い忘れたお土産はここで買えるようになっているみたいだ。自分たちも虎やのういろう(正確には伊勢名物)を購入。車の中で早速口に入れる。美味しい。
東名高速を浜松で下り、ここでW氏とはお別れ。
W氏との二泊三日の旅は、浜松駅構内のコーヒーショップで打ち上げた。
本当に楽しかった中年男の二人旅。ささやかな寂しさを胸に、新幹線で東京に向かった。
伊勢で捨てようと思った表現との決別は、神様に預けることに決め、結局、流れに身を任せることに考えは落ち着いた。
翌日、某お笑い集団の演劇公演の仕込みがあった。実は、ここの芝居公演の御札を貼る係を僕は毎年頼まれている。鬼門と裏鬼門を外し、鳴り物付近も避け、気になる箇所に数枚御札を貼る。こういう作業は朝から身が引き締まる、斎戒沐浴して作業に取り組む。
そのまま、そこの公演の本番を観賞。
観賞と言うより、本番の間中、なぜだか芝居に集中できず、これまでの自分の人生を振り返っていた。懺悔したくなるような出来事が次々と頭の中を巡り、ふだんあまり抱いたことのない郷愁の念が己を襲ってきた。・・・寂しい。
公演後、ロビーで昔の仲間に遭遇。以前に、何度か一緒に芝居を作ったことのある女性スタッフで、旦那さんと二人、仲良く見に来ていたのだった。
「実は、ワタシ・・・今は、芝居からまったく遠い場所に身を置いていて・・・だから、久しぶりにこういう公演を見に来ました・・・」
芝居から遠い場所、とちょっぴり寂しそうにそう言う彼女は、芝居から遠い場所にいることに、なんだか幸せそうでもあった。
彼女と一緒に芝居を作っていたときと比べれば、己も随分と遠いところまで流れてきてしまったなぁ・・・と今さらながらに思った。
自分の居場所が無く、表現をやり続ける意味を見失っている己。
芝居小屋からの帰り道、自分がひどく嫌になった。
夜、寝ていると目眩で眼を覚ました。起きているのならわかるけれど、熟睡しているにも関わらず目の前がクラクラするという、嘘みたいな本当の話が現実に起こった。あまりにクラクラするのでそのまま寝返りを打つと、これまた頭が以上に重く、クラクラがグラグラになった。脈も速く、喉もかなり渇いている様子。そのうえに猛烈な吐き気。これはヤバイと思い、苦しみながらもW氏にメールを打ち、そのまま無理矢理寝てしまった。
朝、W氏からの電話で起こされる。「すぐに病院へ行って下さい」と言われたので順天堂大学病院へ行く。朝9時の受付で、診察を受けたのは午後4時。大学病院は本当に待たされる。この「待ち」の間に人が死んでしまったらどうするのだろうか・・・なんとかしてほしいものだ。
脳波やCTを取られ、付いた病名が良性の発作性頭囲目眩症。まるで取ってつけたような名前だ。
「ストレスが原因でしょうから、ゆっくり休んで下さい」と言われる。
「ゆっくり休んで下さい」、病院に行くたびに何度も聞かされ続けたこの言葉。いくら体を休めても、心が休まらないのだからどうしようもない。それを告げると、今度は心療内科に回される。で、そこで言われることは決まって、C型肝炎と橋本病ですからねぇ・・・仕方がないかも知れませんねぇ・・・。
結局うまく付き合えということだ。体も心もうまく付き合えと。そう、そこに落ち着くしかないのだ。自分の体も心も、はたまた世の中とも上手く付き合うしかない。たとえ付き合いが下手であっても、それなりに折り合いをつけていくしかない。
わかっているけど難しい。でもやらなければ前に進まないからやる。つらくて苦しいけれどやる。「いつか」のためにやる。そのうち晴れるさ。それでいい。
それにしても、眠っている間に目眩が起こるなんて、生まれて初めての経験だった。
持病がまたひとつ増えた。
2008.10.20 掲載
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