第126回 娘の結婚相手
長女が、結婚を考えている男性を連れてきた。来年の5月に結婚を考えているらしい。まぁ、あと一年近くある。若いうちの一年は長い。まだまだいろいろあるだろうし、考えが変わることもあるかもしれない。なので、じっさいに結婚するかどうかはわからないのだが、とりあえず、初めて駄目親父の父親に彼氏を紹介してくれた。これは素直に嬉しい。
基本的に娘や息子が付き合う人間に関しては口を挟まないことにしている。ましてや子供たちが決めた結婚相手に関しては、無条件に信用することにしている。長い人生、様々な出来事がある。善いことも悪いことも交互に、ときには一緒くたになってやってきてしまう。それをどうとらえて、どう乗り越えていくかは当事者次第。たとえ相手が善い人だろうと、善くない人だろうと、一緒に生活していく間に変わっていくこともある。最終的に悔いのない人生を歩んでくれればそれでよし。誰と一緒になろうと、人生の勉強になることには違いない。とにかく元気でいて欲しい。そう願うだけである。
で、長女の彼氏が我が家にやってきた。その日はサッカー・ワールドカップ・アジア三次予選、日本対オマーン戦が横浜スタジアムで行われた日。彼氏のことも気になるが、スポーツ観戦が趣味の身としてはこちらも気になる。キックオフと同時にこちらの会食会もスタート。今日だけは、オナラを我慢しなければと肛門をひきしめる。
長女は今年24歳になったばかりの子年。僕は今年48歳の子年。彼氏は今年36歳の子年。ネズミばかり三匹もいる。おまけに彼氏の名前がヨウスケ(どんな漢字かわからない)。こちらとは字は違うらしいが読みが同じ。家の中にヨウスケが二人。ふつう、親と同じ名前の男、または女は、まず持って結婚相手として外さないかなぁ・・・と思うのだけれど、こればかりは仕方のないことのようだ。よく、野良猫に嫌いなヤツの名前を付けて、服従させることに喜びを感じる人がいるが、それに近いのかも知れない。結婚してヨウスケを呼び捨てにし、こき使って、昔からの父に対する鬱積を晴らすつもりなのだろうか。まあいいや、好きにしてくれ。
その日、長女の彼氏は緊張していた。まぁ、仕方がない、嫁になる女性の男親に会うのは嫌なものだ。そんなもの好きな人間なんかいるわけがないのだ。したがってヨウスケさんの酒を飲むピッチは早い。きっと早く酔いたいのだろう。かわいそうに・・・そんなに緊張しなくてもいいのに・・・。きっと、娘から偏屈親父の生態を嫌と言うほど聞かされているにちがいない。
ワシは思ったほど、悪い人じゃないのに・・・と自分では思うのだけれど、むこうはどうしても先入観が先立ってしまうのか、ちっとも緊張が取れない。そんなとき、日本代表の中澤がゴールを決めた。普段なら大声でゴールを叫ぶのだが、この日は小さく心の中で「ナ・カ・ザ・ワ!!!!」とこれまた小さくガッツポーズ。ふぅ、疲れる・・・なんだか、こちらも緊張してきた。緊張してくると屁意が襲ってくる。席を外して、トイレでブー!自室でブブー!!階段でブビビビビーーー!!!うーん、堂々とオナラが出来ないのは、実に哀しく侘びしい。来年、入籍することになったらオナラは我慢してもらうことにしよう、そう思った。
なんだかギクシャクした感じの父親と長女の彼氏に業を煮やした次女が、自分の恋話を始めた。ああ、ついに始まったか・・・これで2時間は潰れるな。ウチの次女は自分の話を始めたら長い、ものすごく長い、それでもってオチがない、途中で聞くのに飽きてくると、それに対して悪態を付き始める、もうかなりの自己チュー。それを知らないヨウスケさんはうんうんと真面目に次女の話に相槌を打っている。あーあ、可哀相に・・・。
それでも、場を次女が仕切ってくれているので、こちらはテレビのサッカーに気を集中させることができる。大久保がゴールを決め二点目が入った。「オ・オ・ク・ボ!!」、今度は小さく声に出してしまった。その瞬間、小さくプスーとオナラも洩れた。が、誰も気がつかなくてホッとする。その後、中村が三点目を決め日本は快勝。ヨウスケさんも酒がかなり入り、はじめの緊張も解け、上機嫌で会食終了。長女とヨウスケさんは彼の実家に行くというので、車の免許を習得したばかりの次女が送っていくことになった。三人を玄関で見送った、十数分後、事件は起きた。
長女とヨウスケさんを乗せた次女が運転する車は、小雨の中、国道246を皇居方面に向かっていた。渋谷を抜け、国道246と六本木通りに分かれる分岐点でそれは起こった。そのまま246に進もうとした次女に、長女が思わず、「右!!!」と叫んだのだ。実際、どちらの道を行こうと皇居には出る。でも長女はいつも六本木通りを使っていたのだろう、思わず右!と叫んでしまったのだ。これに反射的に対応した次女は急ハンドルを切ってしまった。車は横転し、真っ逆さまの状態で停止。ドアは開かずに、車の窓から三人は脱出。車は煙を吐き大破。幸い後続車に追突されることもなく、三人も怪我一つなかった。大事故には至らなかったのだ。九死に一生を得た三人は、事故処理を終え、びしょ濡れのまま帰宅。長女とヨウスケさんは我が家に泊まっていった。
なんということだろう、初めて行った彼女の実家の帰り道に、車が横転してしまうほどの目に遭うなんて・・・これは彼の業なのか・・・それとも中島家の業なのか・・・。きっと後者であろうとは思うのだが・・・それにしても中島家が関わると、なんでこうも派手な出来事が起きてしまうのか・・・。
後日、彼はこう言っていたらしい。
「中島家の洗礼に会ったと思っています・・・」
うーん、我が家の業はかなり深いらしい・・・。
しかし、スタート時に大事があった方が、お互いに身を引き締めることになっていいと思う。
ゆっくり、慎重にこの先も歩いていって欲しい。
それにしても全員無事で良かった。
生きていてくれれば、それがいちばん。
スタートからとんだ目にあった長女たちであった。
2008.7.5 掲載
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