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第122回  バネ指と法事

先日、左手の中指がバネ指(弾発指)になった。医者からいきなり「バネ指ですねぇ」と言われて、その間の抜けたネーミングに思わず小さく笑ってしまった。簡単に言うと、指の腱鞘炎。指の曲げ伸ばしがスムーズに行かなくなった。一度曲げると、伸ばすときに腱が靭帯性腱鞘というものに引っかかり、ビヨーンとバネのように跳ね上がってしまう。これが痛い。ふつうはよく使う利き手の親指がバネ指になるケースが多いというが、普段あまり使わない左手の中指がこれになった。
「左手の中指を酷使している仕事でもなさっているのですか」
「いいえ、左手の中指なんて、困ったときに襟足を掻くときに使うくらいです」
  そう答えるしかないほど、この指は使わない。いや、使っていないと思っていた。

日頃、ほとんど注目されることのない左手の中指が、初めて起こした自己主張。バネ指という診断がくだってからと言うもの、もっぱら主役の座を確保し大事にされている。
  実は、バネ指になって、初めて左手中指の重要さに気がついた。自転車を運転するとき、ブレーキに力が入らない。雨の日に傘を差したまま、左手に荷物を持てない。右手に荷物を持ったまま、左手でドアのノブを捻られない。歯を磨きながら鉄アレイが持てない等々、意外に不便なことが多い。
  左手の中指君、君は今まで随分と陰で力を出してくれていたんだね、これまで気にもとめなかった中指に、今さらながら感謝を伝えた。

そんなバネ指のまま、親戚の法事のため、三重県の名張市まで行ってきた。法事は二年前に他界した叔母(正確に言うと父の弟の奥さん)の三回忌。この叔母の息子、いうなれば従兄弟のNちゃんは、今年36歳になる子年の年男。そろそろ結婚をと周りは言うのだが、この従兄弟、気が優しいばかりで、どうにも色気というものがない。身長は177pと標準なみ。しかし、お腹周りは太めで、ほとんど中年腹。頭毛の量はふつうで黒々しているが、父親が若くして薄かったせいか、やたらと髪の量を気にしていておかしい。法事中も親族の頭ばかり見ている。サシで話し込んだりすると、こちらの薄くなった頭髪をやたらと凝視。失礼極まりない。こちらも意地悪で「頭が薄くならないうちに結婚しないと大変なことになるぞ」とおどしてやった。

あまりに浮いた話を聞かないので、いったいどんな部屋で生活しているのか、従兄弟のNちゃんの部屋に入ってみたら、戦車や飛行機、ガンダム等々、足の踏み場もないくらいのプラモデルの山。こんな部屋に女の子を連れ込もうというのだろうか。まったくもって色気がなさすぎる。これでは彼女ができたとしても押し倒すことはおろか、部屋に入れることすらできない。入れたとたんに破談になること間違いなし。
  本人は、「彼女ができたら部屋は片づけるよ」と言うが、そもそも、恋愛というものはいつなんどき産声をあげるかわからないもの。いつ恋に落ちてもいいように常に準備をしておかないと、イザというときにアタフタして、逃げていってしまうに決まっている。
  まぁ、本人も多少焦ってはいるのだが、「こればっかりは縁のものだから」とひたすら縁のせいにしている。もちろん、結婚は縁だと思うけれど、そのまえの恋愛に関しては縁ばかりではないはず。多少は色気を持って生きていないと、よほどの男前でない限り来るものも来ないのが世の習い。そう言ってやると、「そんな、部屋のことなんかでガタガタ言う女はこっちから願い下げや!」と今度は高ピシャな態度。やれやれ、なんとか頑張ってほしいものだ。

天気にも恵まれ、お坊主さんの長いお経にも堪え、叔母の三回忌は無事に終わった。法要の後、叔母のお墓に行くことになった。従兄弟のNちゃんともう一人の別の従兄弟(こちらの従兄弟は父の妹の息子、仮にSちゃんとする)の三人が同じ車に乗り、何の流れか忘れたが、車内でウチの長女の話になった。
「シネマちゃんはそろそろ結婚とか言いださないの?」とハンドルを持つNちゃん。
「来年あたり結婚したいようなことを言っているけど、まだわからないかなぁ・・・」
  娘のシネマは、Nちゃんの一回り下の子年。Nちゃんの一回り上の子年がわたくしで、わたくしの二回り上の子年がNちゃんの父親。ついでに言うと兄貴の息子もシネマと同い年の子年。中島家は子年が多い。

話を進める。
「シネマが結婚して、Nちゃんが未婚だと、なんだか変テコな世界になっていくなぁ・・・」
「別に変じゃないよ。シネマちゃんの年齢なら結婚してもおかしくないよ。おかしいのは俺だけだよ。田舎で36歳の独身は変態以外なにものでもないよ」
  急に自虐的になるNちゃん。
「そんなに自分のこと変態扱いしなくてもいいよ。人生なるようになれだよ」
「そんなことはない!俺は変態なのだ!!!」
  なんだかキレかかり、運転が荒くなるNちゃん。
  そのとき、ずっと沈黙していたSちゃんが、
「Nちゃんが変態だとしたら、俺はいったい何だろう・・・?」
  と叔母さんの遺影を抱きしめながら呟く。

そうだ、Sちゃんがいたんだ!Sちゃんは当年取って51歳、いまだ独身。ウチの親戚はホント、独り身が多すぎる。気をつけていないと、迂闊に結婚の話もできやしない。
  車の運転をNちゃんから代わり、ラジオを点けた。DJがエッチとスケベの違いを話している。女の子から「エッチ!」と言われたら脈アリ、「スケベ!」と言われたら脈ナシで、最悪の場合は「このエロ河童!!」と言われるそうだ。NちゃんもSちゃんも、その手のことは女子から言われたことは一切ナイと言う。
  これは一見好感が持てるようで、そうではない。色気が無さ過ぎる故の事だ。常に「このエロ河童!!」と言われるのも何だけど、たまには「エッチ!」と言われるくらいでないと嫁取りは難しいだろう。そういえば、ウチの従兄弟はみんな大人しくて真面目だ。きっと、そんなことをしていると陽典みたいな不良になるよ、と親から言われて育ったに違いない。そういえば、結婚も子供も離婚も従兄弟の中ではいちばん早く、いつもみんなに話題を提供してきた。きっと、死ぬのもいちばん早いだろう。ざまあみろ。

山間を飛ばしていると大きなコーナーに差しかかった。うん? コーナーリングに違和感を覚える。コーナーでハンドルに力を入れようとすると、激しい痛みが襲ってくる。むむむむむむむ・・・・・痛い・・・痛くて指が曲がらない・・・・・まるでNちゃんとSちゃんの怨念が指に乗っかっているようだ。うーん、どうやらバネ指のせいだ。左手中指の存在感は、地方でも健在。しかたなく運転を断念した。

三重からの帰り、久しぶりに名古屋の実家に寄った。まずは仏壇に手を合わせ、新年早々死に損ないました、もう少しこちらにいます、と死んだ両親と姉に御挨拶。ちょっと時間があったので、幼い頃住んでいた場所を訪ねてみた。
  当時住んでいたのは名古屋駅から歩いて5分ほどの場所で、雑貨屋や串カツ屋やホルモン焼きやのある小さな町だった。それが、今では駅前の延長で、この辺りも駅前と称し、いたるところにオフィスビルが立ち並んでいた。
  昔の面影は全くなく、ただひとつだけ、同級生の家が経営していた銭湯がポツンと取り残されたように立っていた。名前は桜湯、ここに住んでいた同級生の名は、たしか桜井君。今でもいるかと思ったが、随分前にいなくなったと聞いたことを思い出した。なにもかもが変わっていく。昔、兄貴と二人乗りをして怪我した砂利道も、おばあさんが立ちション便していた路地裏も何もない。

仕方がない、時が経つというのはそういうことだ。もうすぐ48歳、時代に取り残されていくことに、なんとなく哀れを感じている。叔父も叔母も従兄弟も兄もみんな年を取った。法事の前夜がよみがえる。Nちゃん家(正確には叔父の家)の居間に三組の布団を敷いた。右にNちゃんのお父さん(父の弟)、左に高田馬場に住む叔母さん(父の妹)という川の字を作った。枕を並べながら、この組み合わせの川の字はもう一生ないないだろうなぁ、次の法事のときは誰かが死んどる・・・そう、叔父が呟いた。叔父も今年で72歳。体に穴を空け、そこから出したチューブの先を、首からぶら下げた袋につないでいる。みんなもう若くはない。でも、死ぬ前にこんな面子で川の字で寝ることができるのも、人生の不思議さだと思う。年老いた叔父と叔母に囲まれながら、久しぶりに安心してぐっすりと眠りについた。

帰京した足で整骨院に向かう。注射をしてみましょうと先生。バネ指の付け根に針を刺す。すごく痛い。骨髄注射よりも痛い。しばらくこのまま様子を見ましょうと言われる。注射で痛みがやわらぐことがなかったら手術をするらしい。うーん、痛いのはもう嫌だ。なんとかこれで痛みが治まって欲しいものだ。
  世間ではもうすぐゴールデンウィークに入る。なんだか、この時期になってもなかなか調子に乗れないでいる。



2008.5.7 掲載

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