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第112回 「けいせい仏の原」PART4
8月某日
出蔵君は福井大学の大学生。
今回、自ら進んでスタッフの募集に応募してきた変わり者だ。
真夏の炎天下、舞台監督の海老沢氏と制作の成瀬君と一緒に舞台セット作りに励んでくれた。
「昨日の昼飯の米は固かったっす」
「今日の麦茶、あれ、ぬるいっす」
と彼はなぜか食い物に関してのダメ出しが多い。
本番では、転換要員として、舞台転換のお手伝いを御願いすることになった。
黒子として舞台上に登場し、役者同士を紐で結ぶのを御願いすると、この出蔵君、蝶々結びができないという。
福井大学に入ることができる頭脳を持ちながらも蝶々結びはできないなんて・・・。
現代っ子の在り方に疑問を持つ。
8月某日
初めての通し稽古。
初めての通し稽古が良かったためしはないが、思ったより悪い。
低めに今日のデキを設定して臨んだにもかかわらず、予想を下回った。
役者をやっていたからわかることだが、初めての通し稽古は、場面場面のツナギがうまくいかず、自分の中でも、他の役者との間でも、なにかギクシャクしたものを感じてしまうもの。
それを考慮に入れても、あまりによろしくない。
途中で流れが滞り、スムーズに場面が転がっていかないのだ。
これは、役者達のせいではない。
全て構成の責任だ。
つまり僕の責任。
自分の才能の無さを知り、とことん落ち込む。
──お前に才能なんてあったのか?
──ない。
──なら、悩むな!やるだけだ。
──うん、わかっている。
東尋坊で悩まなくていけないのは僕の方だ。
なんとか次の一手を探さないと。
苦しいが、一歩一歩前進するしかないのだから。
8月某日
主役の加藤君が悩み始めた。
主役はあまり弄らない方がイイ。
僕はそう思っている。
主役というものは、それだけで共演者やスタッフなどに対しての責任感を感じ、その重圧で押しつぶされそうになる。
だから、あまり細かい指示は出さず「思いを強く持って、シンプルに大胆に演じてほしい」とだけ言い続け、あとは比較的自由にやらせてきた。
最初は楽しそうに生き生きやっていたのだが、通しをやっていくうちに自分でも納得がいかない日々が続き、不安がピークに達してしまったようだ。スタッフ用に撮影しているビデオを見せて欲しいと言う。
役者の要望にはなるべく応えようとしてきた僕も、これには参った。
僕は役者にビデオを見せたことがない。
理由は二つ。
一つは、ビデオなんかに頼らずに自分で解決策を見つけないと、今後ビデオを見ないと役作りができない身体になってしまうことを危惧して。もう一つは、役者という生き物は、結局最後は自己肯定に入る。悪いなりにも良い箇所を見つけてしまい、そこで納得してしまう。そうなるとスケベ根性が顔を出し、良いところまで壊れてしまう恐れがあるのだ。
しかし、加藤君は引き下がらない。
どうしても見たいという。
うーん、困った。
見せて良くなるのであればいいのだが、見たことによって悪くなる可能性も大。
見せて失敗するのと、見せないで失敗するのと、どちらが後悔するかと言えば、見せて失敗すること。
僕は、これまで通りに役者にはビデオを見せない考えを押し通した。
表現とは、何も頼らずに自力で答えを探すしかない、孤独な作業なのだ。
加藤君もなんとか納得してくれた。
8月某日
定村文恵さんは、今回初めて一緒に仕事をする東京の女優。
今年の初め、なにげなく見に行った青年座の研究所の公演で見つけた。
なにが気に入ったのかと言われても困るのだが、なにかひっかかる女優だった。
僕は若手の公演にはなるべく足を運ぶようにしている。その中で、女優としてひっかかる人はほとんどいなかった。だから彼女は久しぶりにヒットした女優と言える。アゴのプロデューサーに御願いをして、彼女の所属事務所に話を通してもらい、今回の公演に加わってもらった。
なんだろう、この娘はなんとかなる、そう思っていたから最初からまったく不安はなかった。しかし、周りは違った。共演者の中にも「なんか雰囲気だけじゃないの」とか、「新劇臭さがなぁ」とか言う声があった。
僕は心の中で「ふん、なにも知らないくせに、こいつは面白い女優なの」そう呟いていた。でもみんなの見る目の無さに腹が立つ。
では早めに彼女の良さを引き出しますか。わりと早い時期からDVDや本など、役作りのヒントを彼女に与えた。それを一つ一つ吸収していき、最終的にチーム内でいちばん安定感のある面白い女優に成長していった。
それはすべて彼女の頑張りの賜。日増しに、ひとつの役が生き生きとしていく様子が、他の共演者にも見て取るように伝わったのか、まだまだ演劇に対してぬるかった人達も真剣に役に取り組むようになっていった。
彼女自身どこまで自覚があるかわからないが、数週間で見違えるように成長していく姿は、四つに組んだこちらとしてもとても心地良いものだった。もちろん若さや経験の無さはある。でもそれはこれからいくつか修羅場をくぐっていけば、どうにでもなること。今後が楽しみな人である。
8月某日
照明・音響・衣装・転換、東京のスタッフチーム、三國入り。
加えて、旧友の和久田氏(この芝居の現代語訳も担当)が応援に伊豆からやってきてくれた。
これから本番の終わる10月9日まで、大所帯の舞台制作が始まる。
とりあえず、東京スタッフチームに通し稽古を見てもらうことに。
演出というものは、スタッフが通し稽古を見てどう思ったか、その反応がとても気になるもの。
スタッフがいいと思う作品と思わない作品とでは、スタッフの動きがまったく違ってくるのだ。
しかし、この日の東京スタッフ反応はかなり微妙なものだった。
悪くはないが、良くもない。
芝居のデキがまだまだ未熟な面、評価も曖昧になる。
なにが悪いのか、冷静に通しを振り返り、いくつか気になる点を頭の中で整理する。
通し稽古が終わると役者へのダメ出し。
翌日朝から仕事がある三國チームを先に終わらせ、東京チームは各宿舎を車でまわる。
まず女子寮を先に済ませ、その後男子寮に行く。
全てのダメ出しが終わるのは夜中の2時過ぎ。
そこからスタッフとの打ち合わせと翌日のスケジュール作り。
それが終わったら、今日の芝居の修正点の洗い出し。
そしてその修正箇所を頭の中で組み立てては壊し、組み立てては壊しを繰り返す。
そのうちにウトウトしてくる。
東京の役者達は成長させて東京に戻さなくてはいけない。
三國の役者達には悔いのない思いをさせなくてはならない。
全てのスタッフには、関わって良かったと思っていただきたい。
様々なことを考えながら就寝。
身体がもう一つ欲しい。
9月某日
劇場入り。
舞台美術・照明・音響の仕込み。衣装や小道具は徹夜で制作作業。舞台転換要員は必死の特訓。ほかのスタッフも準備に余念がない。この時点ですでにスタッフはすでに相当疲れている。
役者は最後のスパート。
決められた時間で、出来ることをやるしかない。
本番まであとわずか、役者もスタッフもみんなすでに限界を超えていた。
稽古の後、伊豆から来ている和久田氏にマッサージを施してもらう。
実は彼、以前は僕の有能な演出助手、今は伊豆の鍼灸師。
僕の体にとっても心にとっても彼の存在は本当に心強い。
演出上の問題点に関して的確な意見を言ってくれるし、体のケアもしてくれる。
心と体、両方の支えになってくれた。
悲鳴を上げている僕の背中と腰をゆっくり解してくれる彼の手は温かい。
実はこのとき、別の問題が持ち上がっていた。
アゴのプロデューサーが某大臣の公設秘書に内定したのだ。
この本番前の大事なときにプロデューサーが不在になる。
制作部やスタッフ間の調整役がいなくなるのだ。
本当に芝居作りは何が起こるかサッパリわからない。
なんだかクラクラしてきた。
2007.10.31 掲載
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