|
第111回 「けいせい仏の原」PART3
8月某日
三國キャストの湯浅さんから、夜の7時から始まる夜稽古についての申し出があった。
この湯浅さん、昼間は自分のお仕事をしている。そのため仕事場からすぐに稽古場に直行すると、身体がすぐに役に入れない、だから自分の稽古の順番をできるだけ後にして欲しいというのだ。
三國チームはみんな仕事の合間を縫っての芝居の稽古。はっきり言って、東京チームとはハンディがある。
役者という生き物は、どんな時も役者の身体で稽古に臨まなくてはいけない。でも、そんなことは三國の方達にはわからないと思っていた。
だから、50歳を過ぎた湯浅さんからの申し出には驚き、またとても嬉しく思った。湯浅さんの芝居に対する真摯な態度は若い役者陣にもいいお手本になるに違いない。
しかし、この仕事と芝居の掛け持ちの問題は、あとあとに響いてくることも確かではある。
役者は本番が近づけば近づくほど、役と自分との境目がなくなっていくもの。最終的に普段の仕事が表現の邪魔になってくるのは必死。それも、湯浅さんのように芝居に真剣に取り組もうとする人間にとっては、とても重くのしかかってくる問題。
でも、こちらとしてもどうしようもなく、歯がゆい思いでただ見守るしかない。頑張れ!湯浅さん!!
8月某日
一角役の沼畑君と竹姫役の東さんの集中稽古。
一角と竹姫という役は、ストーリーにはあまり絡まずに、淡々と死へ向かって行く設定。しかし、ラスト、海に入っていく二人の場面を変更、一角が竹姫を刀で切り捨てることにする。
沼畑君は海猫ボーイズというお笑いコンビの一人。今回は東京に相方を置き去りにしての参加。東さんは、福井県庁の受付嬢。このなにも共通項のない二人が、役の上で恋を表現しなくてはならない。
沼畑君は、思ったよりカワイイ東嬢の存在にもうメロメロ。寝ても覚めても「竹姫、竹姫・・・」とうるさくて仕方がない。
東さんはそれどころではなく、初めての舞台にもう不安しかない。
二人のぎこちない距離感が、そのまま役に反映されていて、とても感じのいい一角と竹姫ができあがってきた。
このまま最後まで完走してくれればいいのだが、そうはうまくいかないのが芝居というもの。
稽古中、沼畑君の感情が止まらなくなり、稽古を止めた後、泣き崩れてしまった。
身体が冷たくなっていたので、竹姫役の東さんにも沼畑君を暖めて貰った。沼畑君の手を握る竹姫の瞳から涙がこぼれた。沼畑君の一途な感情が彼女の心を揺さぶったに違いない。福井県の受付嬢が表現の入り口に立った瞬間だった。
さあて、この二人からこの先、何が出てくるのか楽しみで仕方がない。
8月某日
殺陣の稽古が始まった。
東京から殺陣コーディネーターの上田さんが今日から3日間、主役の加藤君、帯刀役の大林君、望月役の榎君、一角役の沼畑君を中心にみっちりと殺陣をつけてくれることになった。
特にラストの立ち回りは大林君の独壇場。上田さんのゲキが自然と大林君に飛ぶ。
大林君と沼畑君は日々、海で、崖で、宿舎の中で、稽古場で刀を振り続け、刀が身体の一部になりつつある。そんな彼らの努力を上田さんも喜び、殺陣稽古にも熱が入った。見せ物的な派手な立ち回りは避け、芝居の流れを大切にしたいい殺陣になった。
この殺陣稽古を境に大林君の芝居が変わった。板の上での彼の姿が大きく見えるようになったのだ。
男優は刀が好きとよく言われるが、彼はその典型らしい。刀を持たせると生き生きとしてくる。
下手くそながらも、一生懸命な大林君に対して上田さんも、
「本人には言わないけれど、大林の立ち回りは悪くない、下手くそなのは変わりないが、なにか迫力がある」
と、どうやら大林君のことが可愛くて仕方がないらしい。
役者が必死にやれば、それをどうにか支えてあげたい、と思うのがスタッフの在り方。
3日間の殺陣稽古はあっという間に終わり。上田は東京へ帰っていった。この芝居はじめての「お疲れ様」だった。
8月某日
三國チームの最年長は岡田さん。この芝居の前半で死んでしまう、木村カエラ好きの痴呆症の殿様の役。
岡田さんには、くれぐれも若い役者達が気を抜かないように監視を御願いした。陰日向になり、役者陣を見守ってくれた。
岡田さんの台詞は3つだけ、いずれも
「カエラ!!」
のみ。
岡田さんは根っからの芝居好き。稽古場の調整も岡田さんなくしてはできなかった。
地元の芝居関係に顔が利く岡田さん。アゴのプロデューサーから「稽古場を調整してくれるたびに台詞を一つ増やしてあげて下さい」との意見を尊重し、地元との調整をつけてくれるたびに、こちらも頑張って岡田さんが面白くなるように役を作り上げていった。
岡田さんの頑張りもあり、予想以上のなんとか面白い殿様ができあがった。
湯浅さん、岡田さん、東さん、地元の役者達の方向性が見えてきた中、まだまだ役を掴み切れていないのが、望月役の榎君。
榎君は仮面ライダーに代表される、正義のヒーロー好き。役に入っても、どうしても正義のヒーローのような演技をする。
はてさて、どうしたものだろうか。
すでにもうすぐ通し稽古に入る。寄せ集めの、アマも含んだこのチーム。先を思うと気が遠くなる。一日一日できることをこなしながら、亀のように進むしかない。
地元も東京も一つになって本番という魔物を飲み込んでいくしかないのだ。
それぞれがなにを思い、どこに向かっていくのか。それが芝居の行方を左右する。
今回のこの航海もかなり厳しくなりそうだ。僕の体調もすでに限界にきている。
2007.10.15 掲載
|
|
|