第95回 芝居の原点
2007年が始まったらしい。らしい、と書いたのは去年の4月からずっと頭を休めることなく表現に関わったからだ。
去年の4月、自分の演劇ワークショップと明星大学の「言葉、人間、行為」という授業の講義がスタート。
7月にワークショップの芝居、「ウミユカバ、ミヅクカバネ」公演。
8月に俳優養成所の短期ワークショップ開催。それが終わって、8月の中旬から11月の芝居の公演の準備&稽古。
10月、福井県三國町に1か月滞在しての稽古。
11月、福井県三國での芝居、「寿歌2006」公演。帰京したらすぐに明星大学有志による演劇公演の稽古。
2007年1月、明星大学有志による演劇「14歳の国」公演。
この間に、月1回の番組ナレーションの仕事や俳優の仕事が入ってきた。1999年にC型肝炎が発覚してから、こんなに活動したのは初めてだった。正直言って疲れた。でも、楽しかった。
肉体的にはシンドイ思いもしたが、なんだか充実できた気がする。それは病気にも随分と慣れ、自分のスタンスもハッキリしてきたからだと思う。
病気前の僕は、表現に対する野心や怖れでいつもイライラしていた。表現者としてどう在りたいかと言うより、表現者としてどうやって地位と名声を得るか、ということばかり考えていた。
でも、病気により死にそうになった経験も通過した今思うことは、どんな状況でも表現は表現。そこから何を得、何を感じるかは結局自分次第。与えられた状況と場所でベストを尽くす。もちろんあくまで質の高さを求めながら。
なので、つい最近本番を終えた、明星大学有志による演劇「14歳の国」はいろいろな意味でとても面白かった。
講師として、去年の半期(7月)で全て終わるはずだった大学の授業。無事テストも終わり、学年主任の先生の所に御挨拶に行くと、
「選抜メンバーで発表会をしたいのですが、どう思われますか?」
と尋ねられた。
「たかが発表会と言っても、ひとつの作品を作り上げるのは大変なことです。短期間ではありますが、それぞれが何かを犠牲にし、自分を見つめ、時には他者ともぶつかります。今の大学生にそこまでモノヅクリに対する熱意はないと思います」
そう言い切ったのだが、
「でも、そういう事を彼ら大学生に経験させてあげたいのです。もしやり遂げることができれば、彼らにとっていい勉強になると思うのです」
「無理ですよ、だって授業だって遅刻したり休んだりするじゃないですか。将来俳優になりたいのなら分かりますが、そうでもない学生たちがそこまでできるとは思いません」
「そうですか・・・・できませんかねぇ・・・・・・発表会・・・・」
先生の顔がなんとも寂しそうに見えた。仕方がない、少し助け船を出そう。
「じゃあこうしましょう。テストの結果を考慮に入れて、一応選抜メンバーを選びます。で、僕が福井の公演から帰る11月までに台詞を入れてもらって下さい。台詞覚えの稽古は週3日の放課後3時間。とにかく11月に又来ます。それまでに台詞が入っていれば考えます。でも、それまでにチームが空中分解する確率の方が高いですけど」
まぁ、僕はまったく期待はしていなかった。どうせ途中で誰かが辞めるに決まっている。大学のことは置いといて、自分の芝居の稽古に没頭していた。
先生から、稽古状況のメールがたまに入ってきた。
「メンバーの一人が車の免許取得の合宿に行くため、8月の稽古はできなくなりました」
「やっとメンバーが揃っての稽古が始まったのですが、遅刻者が多くまとまりがありません」
「遅刻者ばかりか、欠席者が増え始め、崩壊しそうです」
ほうら、言わないことじゃない。若者を信じると火傷をするのはこっちなのだ。
「とにかく、11月に入ったら大学に行きますから、そのときまでに台詞が入っていなかったらヤメにしましょう」
「わかりました」
そんな感じで先生とのやり取りがあり、11月になった。久しぶりに大学の校内に足を踏み入れた。
稽古開始の6時になった。しかし全員は集まらない。相変わらずの遅刻体質。全員集合までに30分は要したか。
数ヶ月ぶりに会う大学生達は少しだけ緊張気味だった。僕を交えての台詞合わせの稽古が始まった。
うん? 思ったより台詞が入っている。想像では、よくて5割と思っていたのだが、7割方入っている。ちょっとビックリした。これならできるかもしれない。
多少感心していると出演者の一人が、今日はわたしこれで・・・、と言う。なんでも家庭の事情で、バイトを入れ続けないと、12月の20日までに授業料が払えないのだという。
これでは週3日で一日3時間の稽古が、一日2時間になる。本番は12月の中旬の予定。これでは絶対に間に合わない。
僕は3つの選択肢をあげた。
●キャストの変更
●本番の日程変更
●中止
彼らが選んだのは、本番の日程変更だった。中止にすることもなく、キャストも変更せずにいきたいと言うのだ。
決まった日にちは2007年1月12日と13日の両日。これで、クリスマスと正月がなくなった。若者達は、基本的にクリスマスと正月が大好きと思っていたのだが、それを犠牲にするというのだ。
ふーん、できるのかしらん。まっ、とりあえずやってみましょ。
そんな感じで、僕が関わる週3日の稽古はスタートした。
しかし相変わらずの遅刻問題に加え、それぞれが抱えている個人的な理由による辞める辞めないの問題、挙げ句の果ては出演者の失踪騒動etc.
まぁ、いろいろあったが、クリスマス・正月を返上しての稽古には、思いの外やる気がみなぎっていたし、こちらとしても力が入った。
スタッフも自然発生的に集まってくれた学生達が務め、一生懸命やってくれた。キャスト&スタッフとも、いい顔で無事本番を終えることが出来た。
この公演、規模も状況も質も、これまでの自分の芝居づくりに比べるといちばん最低のモノだったかもしれない。
しかし、大学生の有志達には、プロやプロ志望の人間達にはない素直さがあった。失敗を怖れず、守りに入らず、決して驕ることなく、不器用ながらもただ必死に演じる姿には心打たれるモノがあった。
俳優を始めた頃の自分や演出を始めた頃の自分にも、表現に対して、こんな素直な時期があったのかもしれない。
もう一度、原点に帰ってみようかな。新年早々、実にいいモノが見られた。どうしようもない学生達に感謝。
2007.1.18 掲載
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