第93回 「寿歌」開演
11月3日 金曜日
晴天。
「寿歌」初日。どんな舞台もいつかは幕が開く。まぁ、幕が開かない舞台も経験したことはあるけれど、たいていの舞台は幕が開く。いろいろあった舞台づくりも、とうとう初日を迎える。地元スタッフのこと、キャストのこと、心配ごとはたくさんある。こんなに不安な舞台も珍しい。胃がキリキリする。
しかし、もはやここまで、全てはスタッフとキャストに任せるしかない。あとは彼らが本番でどう生きてくれるかだ。本番2時間前、キャスト陣に手紙を渡した。
「落ち着いて、稽古通り、自分たちの試合をしてください」
開演1時間前、ぞくぞくと客が集まってくる。スタッフはみんな緊張気味。
ふとみると、地元の年輩の方々が誘導ライトを手に駐車場の交通整理にあたってくれている。こういう光景は地方公演でしかお目にかかれない。ありがたいことです。
なんだかことらが知らないうちに町が動き出しているようだ。自然とこちらの気持ちも高ぶってくる。
無事に初日を終われますように。午前中、そう氏神様に御願いに行ってきた。
大丈夫、みんな頑張れ。
客席は満員。僕は客席後方に陣取った。寒い、やはり午後8時になると、かなり冷え込む。客席も随分と寒そうだ。
ふと見ると、いつもの自分の芝居と客層が違う。随分と御年配の方が多い。こんな客層は僕の芝居では初めてのこと。果たして、最後まで観てくれるのだろうか。
午後8時、幕が上がった。不安は的中した。客席がまったく落ちつかない。オバチャンたちはお喋りを止めないし、受付で配るホカロンをビニール袋の上からシャカシャカ音を立てて揉んでいるおじいちゃん、そして携帯電話の電源をまったく切ろうとしない若者達、etc.
集中力のない客席に役者陣も総崩れ。これまでの苦労が一瞬で無になっていく気がした。観ていて途中から冷や汗が止まらない。
マツザキさんはスタンドプレイに走り、ナカヤマ君は客に動揺。ただ、ニイジマ嬢だけが、いつものように淡々と演じていた。さすが、女は土壇場に強い。でも、結局はボロボロの内容。全て自分の責任。
もっと、空間を集中できるように作れば良かったのかもしれない。この舞台、客と客が対面するように作ってある(ちょうどファッションショーの会場を思い出してくれればいかもしれない)。東京で一度、この方式で芝居を作ったことがあったので、ある程度の勝算はあった。東京のお客さんはこの空間作りを面白がってくれたのだ。
しかし、ここは地方の港町。この空間を面白がる余裕はないみたいだ。当たり前だ、芝居に接する機会なんてほとんどないのだから・・・。自分なりに考えて作った空間構成が、ただの集中力のない空間になってしまった。
みんな、すまない。自分の甘さと力不足だ。心の中で、これまでこの芝居に関わってきた全ての人たちに頭を下げる。
午後9時半、初日終了。大いなる敗北感につつまれながら宿舎に帰る。
キャストの一人、ナカヤマ君が崩れた芝居を悔やみ、酒を煽って項垂れている。ナカヤマ、すまない。アウエーの風を読み切れなかった演出家が悪いのだ。お前は悪くない。明日は明日の闘いをしてくれ。そう伝えるが、彼は机に拳を叩きつけるばかり。
「もう、寝ます」
そう言って彼は部屋に戻った。
深夜、彼の部屋から、
「・・・だから嫌だったんだ・・・・」
そんな声が聞こえた。それが、何に向けて、誰に向けて言ったのかはわからない。でも気の弱い演出家は、明け方までその言葉を気にした。
11月4日 土曜日
晴天。本番二日目。
芝居の世界では「二日落ち」という言葉がある。二日目の芝居は初日より落ちる、という言い伝えだ。でも、初日にあれだけ惨敗すれば、それよりはよくなるだろう。気持ちを切り替えて小屋に向かった。
今日はスタッフとキャストには何も云わず、全て彼らに任せることにしよう。僕は名古屋から観に来た友人と、本番開始時間近くまで一緒に過ごした。
「お前、いいのか、本番前にオレなんかと喋っていて」
「いいんだ、オレなんかが顔を出してアレコレ言うより、みんなに任せた方がいいんだよ」
「オッサンは邪魔か・・・」
「そう、オッサンは邪魔なんだよ・・・」
「寂しいなぁ・・・」
「寂しかないよ、これはこれでいいものだよ・・・」
それでも、みんなのことが気にはなった。旧友と話をしていても、チラチラとみんなの顔が浮かんでくる。夕方、東京より今まで一緒に物作りをしてきたスタッフ達がわざわざ見に来てくれた。すごく嬉しい。東京からの応援部隊がこんなにも嬉しいものだとは・・・。この田舎町で、応援部隊の姿を見つけたときは、思わず泣きそうになってしまった。応援部隊に感謝。
日もとっぷりと暮れ、客入れが始まる。昨日よりお客さんの数が多い。制作部が補助席の用意をするが、まだ足りない。仕方がないので、僕の席をお客さんに譲ることに。
実は、明日の千秋楽は東京での仕事の都合上、僕は見ることができない。なので、今日を見逃すとこの芝居は一生見られない。ということは、昨日の芝居がこの芝居の見納め。うーん、昨日の芝居かぁ・・・・昨日の敗北感が甦ってくる。
ふと、ナカヤマ君のことが心配になり、舞台裏にスタンバイしている彼の元に向かう。
「ナカヤマ、落ち着いて」
「ええ、今日は大丈夫です」
彼の言葉に強いものを感じた。うん、大丈夫だ。
そのまま、小屋を一周し、中庭に向かった。今日は小屋に面した中庭から、芝居を見守ることにしよう。もちろん中の様子はまったく見えない。わずかな声しか聞こえない。相変わらず客の声はざわついている。
夜八時、芝居が始まった。中庭に腰を下ろし、役者の声に耳を澄ます。うん?
なんだろう。昨日とは一変して、張りつめた空気が小屋から流れてくる。小屋がすごく集中している様子がわかる。
マツザキさん、ナカヤマ君、ニイジマ嬢、みんな声に強い意志がある。それに伴い客席も昨日とは大違い、芝居に見入っている感じだ。いいぞいいぞ、その調子だ。
声しか聴いていないけれど、役者が躍動しているのが手に取るように見える。地元の牧場の方が僕の隣に腰を下ろした。
「今日の芝居、いいですよ」
という僕の声に、
「うん、そんな感じだね。ここまで伝わるよ」
そう返してくれた。嬉しい。
生き生きとした役者の声を聞きながら、辛かった稽古を思い出す。いろいろあったこの数ヶ月。なんども逃げ出したくなったこともあった。でも、あきらめずにやってよかった。東京と三國の合同スタッフ&キャスト。環境や意識など、モノヅクリに対するスタンスの違い。それらの苦労がなんとか報われそうだ。どうやらここにきて、やっとチームが一つになった。よし、これで手を打つか。僕の「寿歌」は終わりを告げようとしていた。
11月5日 日曜日
晴
午前中から部屋の片づけをする。長かった三國の生活ともいよいよお別れの日がやって来た。
部屋の掃除を終え、部屋に向かって御辞儀をひとつ。
お世話になりました。
午後、出演者のマツザキさんが宿泊所に挨拶に見えた。素人なのに、一生懸命演じてくれたマツザキさん。僕より11歳も年上なのに、僕の言うことを聞いてくれたマツザキさん。昨日の芝居は立派な初舞台だったと思います。マツザキさん在りきで始まったこの芝居、マツザキさんなしではここまでできなかったと思います。昨日の演技は今まででイチバンでした。ありがとうございました。
「明日からは、また料理茶屋の親父として一生懸命働きたいと思います」
頭を下げたマツザキさんの、その薄くなった頭髪が、寂しさをよけい誘った。お別れは、いつの時も苦くてしょっぱい。
夕方近く、今度は地元スタッフ&キャストとのお別れ。あまり多くを語ると泣きそうだったので、
「ラスト一回、最後まで気を抜かずにやってください、長い間本当にお世話になりました」
そう言うのが精一杯だった。
ふと見ると、千秋楽の寂しさからか、制作のヨシムラの目が真っ赤だった。
午後四時過ぎ、楽日を見ないで帰路につく。旅のお供は、東京の応援部隊の三人娘。一人で帰るより、東京部隊と一緒に方が心強い。三國から東京へ、この三人娘の存在で気落ちのスライドがスムーズにできそうだ。三人娘を従え、なんだか桃太郎になった気分(笑)。
様々な思いを胸に一路東京へ。行楽シーズンで車内は満席。でも幸運にも名古屋からは座ることができた。電車で約4時間。あっという間に東京駅に降り立った。
なんだろう・・・。懐かしの東京のハズが、なにかがすごく変だ。ここにあるはずの自分の身体が他人のようで、心と肉体をどこかに置き忘れてきた感じがする。
オレハイッタイダレナンダ・・・
そんな不思議な感じに囚われる。三國でのこの一月間がまるで夢の中の出来事のように思われる。そう、まるで浦島太郎のような・・・。
アレハ、マボロシダッタノカ・・・。それにしてもとんだ竜宮城ではあったが・・・。
下北沢に着いたころ、スタッフの一人からメールが入った。
??いま本番が無事終わりました。最後はスタンディングオベーションがありました??
そうか、終わったのか・・・・。
「スタンディングオベーションが起きるような芝居なんか作るなよ!いい作品と言うのはなぁ!客を客席に釘付けにするものだ!!」
昔、先輩から言われた言葉がふと頭をかすめた。
大漁旗:約200枚
ブルーシート:約50枚
足場総重量:約5トン
総トタン板:約120枚
総ビス使用数:約300本
総電気量:約15k
総使用ロープ長さ:500m
総電気コード長さ:300m
総客数:約400人
僕らの小さな夢の砦は明日解体される。
■演劇公演「寿歌(ほぎうた)」 の詳細はこちらをご覧ください。
http://www.mikuni-minato.jp/home/pj/play/2006hogiuta.html
2006.12.15 掲載
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