第85回 青春時代の仲間との再会
「SHUFFLE」という映画がある。時間にして38分。石井聰互監督の傑作短編だ。その映画が今秋DVD化されるという。
そのオーディオコメンタリー(DVDのときに副音声として、出演者やスタッフが当時を振り返り、撮影秘話などを話すチャンネル)の収録が、先日、麻布十番のスタジオで行われた。
出席者は、監督の石井聰互、当時助監督の緒方明(映画「いつか読書する日」の監督)、森達也(ドキュメンタリー作家)、そして僕の4人。僕以外は、今やみんな立派な面々だ。
撮影からすでに26年、お互いたしかにそれなりに老けたし、髪も薄くなり、腹も出てきた。
でも、26年の歳月も再会した瞬間から、一気にあの青春時代に逆戻り。みんなで当時を振り返り、馬鹿話に華が咲く。
普段は若い連中に気を遣っている僕も、ここではいちばんの年下。先輩達が勝手に仕切ってくれるので、全然気を遣わなくて楽チン。
僕の呼び方も、石井組では「ようすけ君」、これも昔と変わらない。みんなに「ようすけ君」と言われると、何も知らなかった昔を思い出し、当時のように無責任でいられる。
緒方さんが仕切り、石井さんが気を配り、森さんが気の利いたコメントを寄せる。僕はみなさんのやりとりをただ笑って聞いている。なんて楽なんだろう。
そう、昔はいつもそうだった。先輩達が話をしているのを隅っこの方で聞き、眺め、観察し、そして多くのことをそこから学んだ。先輩達の話に笑いころげながらも、ちゃんと話は聞き、それを日々の生活に生かそうとした。
映画に説明はいらない。そこで弾けるモノがあれば、それでいい。これが石井組の哲学。
これは、僕が表現をする上で、いまだに受け継いでいること。
それと、石井組で植え付けられた、奥底から湧いてくる破壊衝動。
これも石井映画から受け継いで、いや、受け継いだというか、自分の中にあった破壊衝動が石井映画に出ることによって覚醒してしまったと言った方が正しいかもしれない。
いずれにしろ、石井映画によって、僕の破壊衝動が覚醒され、心の奥底に根付いてしまったことは間違いのないこと。
実を言うと、この映画に入る前に僕は両親を亡くしている。そんなことも、この作品の僕には、大きく関わっている。
石井監督と最初に出会った「狂い咲きサンダーロード」と、この「SHUFFLE」の間には、僕の中では大きな川が流れている。
もし、これを読んだ人がDVD「SHUFFLE」を見る機会があったら、そんなところも踏まえて見ていただけると、もっと面白いと思う。
今見ても、あの頃の僕はハジケていたし、生き急いでいる。
お前はどこに向かおうとしているのだ。
スクリーンで暴れる自分に向かって問いかけてみる。あの頃、46歳の自分の姿を想像すらしなかったハズ。
それは僕に限らず、みんながそうだった。明日が見えなくて、もがき、苦しみ、泣いた。
26年経った若者達は、いまこうして再会を果たした。みんな、いまだに自由人。昔と同じ、明日はどうなるかわからない。自由と引き替えに安定を放棄したのだ。
懐かしむというより、昔の自分と今の自分を重ね合わせ、それぞれの時の流れを噛みしめた。
別れ際、緒方氏と森氏に言われた。
「お前は、日和ってねえなぁ」
「そうですか?」
「うん、日和ってねえよ」
自分ではそうは思っていないが、言われて嬉しい自分がいた。
この先、再び四人で会うことはもうないだろう。
人生は一期一会。久しぶりの再会はちょうど2時間で終わった。
石井さん、緒方さん、森さん、どうもありがとう。若い時の自分がたいへんお世話になりました。
2006.8.15 掲載
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