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第74回 オーディションに受かる秘訣

ここのところ暖かい日と寒い日の寒暖の差がとても激しい。
  あまりに寒い日は、病気持ちの身としてはとても身体がダルイ。で、暖かい日はというと、これまたダルイ。
  徐々に暖かくなってくれればいいのですが、とにかく2月・3月の暖かい日というのは、急激に暖かくなります。
  これが、じつにやっかい。気温の変化に身体がついていかないのです。

こんな日の打ち合わせや仕事(若手の育成)はハッキリ言ってツライ。これが役者の仕事なら、集中力が持続しないに決まっています。
  集中力が持続しないと、演技もさることながらセリフの覚えも悪くなる。周りのスタッフに迷惑をかけることは必死。
  徐々に役者の仕事を減らしたのは、賢明の策だったと思います。
  とにかく生きないと。

でも、昨年と比べれば、ダルサにも随分と慣れてきました。
  昨年の今頃は、寒暖の差に悲鳴をあげ、寝たきりになっていたことが多かった。だけど、今年はパソコンを叩いたりすることはできる。そう思うことで、ヨシとしている。何事もゆっくりやるしかない。うん、頑張ろう。

最近、若手の俳優の卵からよく質問されることがあります。
  「オーディションに受かる秘訣はありますか?」

そんな秘訣あるわけがありません。
  オーディションというのは、まぁ、いろいろな場合があるけれど、聞いたところによると、ある程度決まっていることが多いと言います。
  事実、オーディションに合格した本人から、
  「私は始めから決まっていたみたいです」
  ということもしばしば聞いたことがありました。

で、これまでの僕はどうだったかというと。
  一般的なオーディションというものに行ったことが一回だけあります。一回だけというのは、たぶん少ない方だと思います。

それは、僕がちょっと変わった俳優だったことと、事務所のスタッフがとても優秀だったからだと思います。変わった俳優の場合は、使う方も「始めからこの人で」と決め打ちをしてくることと、スタッフが優秀な場合は、俳優がオーディションに行くまでもなく、仕事を決めてくれるからです。

もちろん、役が決まる前に監督やプロデューサーに会ったりしたことはあります。でもそれは面通しであって、一般的なオーディションではないのです。
  ここで言う一般的なオーディションというのは、受けに来た人全員が同じセリフを喋らされたり、演じさせられたりするオーディションのことです。

そのオーディションというものにいったときのお話をしようと思います。
  初めてのことというのは、多少の緊張もありますが、実に面白いものです。受かる、受からないは別にして、その日はどこかワクワクしてでかけました。高校の教室より少し大きめのオーディション控え室に入ると、たくさんの俳優の方がいました。

どの方も、テレビや映画や舞台で知っている方ばかりです。みなさんなんとなく緊張しています。そのために、あまり緊張していなかった僕も少しだけドキドキとしてきました。

「ここに名前と、所属事務所、それと年齢をお書き下さい」
  四つ切りのボードとマジックを手渡されました。
  机に座り、マジックを手にして書き始めます。うーん、字が下手すぎます。
  周りを見渡しますと、みなさん字がお上手。たぶん普段サインを書き慣れているのでしょうか、達筆の方が多いのです。
  うーん、まず字で落とされるな。
  そう思ったら、さっきまでの緊張がコロッと取れました。

下手くそな字のまま、用紙に書き入れ、そのまま首からボードを下げ、自分の名前が呼ばれるまで待ちました。

みなさん待っている間に、緊張がより高まり、どんどんコチコチに固まっていくのがわかります。そんな中にいると、喉も渇いてくるし、オシッコもしたくなってきます。
  スタッフに断り、トイレに走りました。

トイレに入ると、お昼時のせいか、サラリーマンの方がたくさんいるではありませんか。
  そう、オーディション会場は、都心にあるビルの中なのです。他にもたくさんの会社や店舗が入っているのです。

そんなサラリーマンの方が用を足していらっしゃる中に、名前と年齢を書いたボードを首から下げた男が入ってきたのです。
  サラリーマンの方々の視線が一斉にこちらに向けられました。そして僕の顔とボードを交互にマジマジと見つめます。
  ・ ・・恥ずかしい・・・・・
  なんだか、自分が開発前の一つのサンプル商品に思えて来ました。思わずボードを裏返しましたが、時すでに遅く、バッチリと顔と名前と年齢を覚えられていたことでしょう。

俳優をしていると、これに似たことがよくあります。
  京都の撮影所で仕事なんかすると、撮影所近くの喫茶店で、着物にチョンマゲ姿の方が、珈琲片手に携帯メールを打っていたりします。これにはかなり笑えます。

あと、長時間衣装を着けていると、それが衣装であることを忘れてしまい、スカートにエプロン姿でコンビニに買い物に行ってしまったこともあります。
  こういうときは、周りの視線が自分に向けられていることに気が付くまで、こちらはまったく普段着だと思っているのですから困ります。

同じようにこういうのもありました。
  警官の役をやったときでした。警官の服を着ていることを忘れてしまい、ロケ現場である繁華街の道に突っ立っていたのです。そしたら、通行人の一人が寄ってきて、僕に駅までの道を尋ねてくるではありませんか。
  なぜ?と少し思ったりしたのですが、なまじ知らない町でもなかったので、教えてあげました。それからというもの、道やお店を尋ねて来る人がドンドン僕の所にやってくるではありませんか。
 おかしいなぁー、今日は人がよく寄ってくるなぁー・・・・
  当たり前です。他人から見れば、ただのおまわりさんにしかみえないのですから(笑)。

話をオーディションに戻します。
  名前を呼ばれ、僕の順番が来ました。
  監督などがいる会場にはいると、
  「カメラに向かって、氏名、年齢、自己ピーアールをして下さい」
  そう言われました。

名前と年齢は普通に言えたのですが(当たり前です、名前と年齢が言えなかったら、それこそ病気です)、いまだかつて自己ピー  アールというものを言ったことがないのです。またまた緊張が襲ってきました。
  気が付いたら、
  「えー・・・・僕は・・・えー・・・・・俳優です・・・・」
  そう言ってしまいました。
  場内は大爆笑です。

監督が腹をかかえながらこちらを向き、
  「中島さん、そんなこと知っています」
  とゲラゲラ笑っているではありませんか。
  我ながらバカなことを言ったものです。俳優が俳優と言ったって自己ピーアールにもなんもなりません。僕も一緒になって笑ってしまいました。

おかげでまったく緊張することなく、与えられた芝居を終え、オーディションは終了しました。
  それがよかったのかどうかはわかりませんが、僕はオーディションに合格し、出演が決まったのです。

「オーディションに受かる秘訣はありますか?」

まぁ、ハッキリ言ってそんな秘訣なんてものはありませんが、自分をよく見せようとせず、緊張を解き、なるべく普段に近い自然体でそこにいること。
  そんなところだと思います。

でも正直なところ僕が合格したのは、きっと事務所のスタッフの涙ぐましい働きがあったんだろうなぁ、と今は思っております。
  事務所のスタッフに感謝感謝でございます。

2006.3.1 掲載

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