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第67回  5年ぶりの芝居演出

僕はいま久しぶりに芝居の演出をしています。前に演出をしたのが2000年ですから5年ぶりということになります。一度はあきらめた芝居作りですが、またこうして出来ることになりました。人生、生きていればたまにはいいこともあるものですね。ほんと、ありがたいことです。

公演は11月。今は稽古のまっただ中。出演はほとんど舞台初体験の若手の俳優の卵たち。舞台周りのスタッフは昔の仲間がいろいろ手伝ってくれています。
もう、僕のことなんか忘れてしまったんだろうなぁ・・・・・・そう思っていたのですが、がやがやとみんなが集まってくれました。それもイヤな顔ひとつせずに。

あの顔、この顔、みんな以前に苦労を共にした顔ばかりです。もちろん、今回初参加のスタッフもいますが、その人達だって、いつか一緒に仕事をしたかった人たちばかり。みんな一生懸命に芝居作りに取り組んでくれています。

こうやって書くと、僕がひとりで集めたように思われますが、全て、僕の友人で今回のプロデューサーでもある福嶋氏が呼びかけてくれたおかげなのです。
  彼は、僕が病気になって、
  「もうモノ作りはあきらめた」
  と弱音を吐いても、
  「またそのうち何か作りましょうよ」
  そう言って年に一度、仲間を呼んで、年の初めの新年会を開き続けてきたのです。

みんなで集まるたび、
  ・・・本当にもう作れないんだよ・・・身体がいうこときかないんだよ・・・・
  そう呟く僕に、
  「そのうちなんとかなりますよ」
  励まして続けてくれました。

それがなんと、「そのうち」がやってきたのです。芝居がやれることになったのです。彼の言っていたことが、現実になったのです。

もちろん規模は小さく、出演者も、名前でお客を呼べるクラスの俳優さんではありません。
  でも、芝居は芝居。モノ作りになんら変わりはありません。
  やるとなれば魂を込めて作るのが僕らの流儀。手を抜く人間は一人もいません。

スタッフは仕事の出来る方たちが集まってくれたのですが、問題は俳優部。プロ未満で年齢は若い。
  若い連中とのギャップはたしかにありました。環境の違い、言葉の違い、歩んできた道のりの違い等々。なかなか、こちらの言っていること、目指すモノが伝わりません。

でも、お互い、苦しみながらも頑張っています。彼らが素敵に生き生きと演じてくれれば、われわれスタッフも報われるというもの。表現はみんなの成長のためにあるものなのです。

けれど、一つだけ心残りがあります。
出演者の一人に決まっていた男の子がアルコール依存症で本番に出られなくなってしまったのです。

僕の演出方法は、その俳優の持つ人生を突き詰めていくのが特徴です。
  その俳優の持つトラウマなどをさらけだしてもらい、見つめ、それを飲み込んで貰う。そうすることによって、その人本人の持つ人生というものが演技に出てくる。凄まじいものを背負っている人間ほど、それが演技に反映されるのです。そして、それが個性となって人々に映る。

今の若者は可哀相です。正直にものが言えなくなっています。
  「人を殺したいくらい憎んだことありますか?」
  「ありません」
  そんなのウソだと思います。もちろん人を殺してはいけません。でも人間生きていれば、殺したいと思ったことの一つや二つあって当たり前です。

実際に人を殺すことと、殺したいと思うことは別次元です。ましてや表現をしようと思うのなら、なおさらのこと。心の振り幅が大きく深くないと人にモノを伝えることはできません。

それを今の世の中は、思うことさえ罪だという。これはおかしい。思うことは自由なはず。いつから、こんなことになってしまったのか・・・・・

すみません。話が過剰になりすぎました。元に戻します。

彼は、最初、平気な顔で稽古に参加していました。自分のこともどんどんさらけ出して、滑り出しは好調でした。でも、そのうちに集中力を欠くようになり、演技をしていても挙動不審に見えるようになっていったのです。

おかしいなぁ・・・・・・・・
そう僕が思ったときは、時すでに遅く、彼はアルコール依存症になっていました。そう、本当は不安で不安でしかたがなかったのです。自分がなにものであるのかわからずに、何になりたいかもわからずに、ただただ不安だったのです。

それに気がつかない、バカな演出家。彼は以前から、アルコールに依存しやすい人間でした。ひどいときは、一日ジンをボトルで1本空けていたほどです。

今回出演するに当たって、
  「決して、アルコールに逃げないこと」
  そう僕と約束を交わしたのですが、結局負けてしまいました。僕の力が足りなかったのです。すごく悔しくて、自分を呪いました。

表現はいつも僕に多くの試練を与えてくれます。でも今回の件はきつかった。
  あいては病気なのです。アルコール依存症という病気。それも、まだ25歳という若さなのに・・・・・。

彼は今、週に一回の通院と週に三回のアルコール依存症のミーティングに通っています。もちろん本番には出ません。

彼のことをどれだけ背負っていけるかわかりませんが、11月、僕たちは彼と一緒に本番に挑みます。彼が満足してくれるような芝居にしなければ・・・・・・・
  前途は多難。でもいくしかない。

人はみな孤独で寂しい。若者も中年も老人も。でも生きなければ。それが人間のつとめなのだから。

2005.11.15 掲載

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