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ロゼッタストーン日記

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第24部 「もう一歩前へ」


女編集長起業奮戦記
ロゼッタストーン日記
ついに書籍化!
「ロゼッタストーン日記」第1部(ロゼッタストーンは本当に創刊できるのか)が、
『女編集長起業奮戦記』という本になりました!
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新しい年になりました。ロゼッタストーン日記の今年のテーマは「もう一歩前へ」。昨年テーマの「足るを知る」という謙虚さは持ちつつ、新しい何かにチャレンジする気持ちは忘れないようにしたいと思います。

田舎に帰って3年以上が過ぎ、小さいけれど足場ができてきたような気がします。そこからもう一歩前へ進みたい。さて、2022年はどんな年になるのでしょうか。

今年もご愛読、よろしくお願いします。

ロゼッタストーン 弘中百合子


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◆今年もやります「くまげ応援キャンペーン」…9月25日日記
「暑さ寒さも彼岸まで」というが、本当にもうすっかり秋である。朝晩の涼しいこと!

昨年、熊毛町商工会の仕事で、「くまげ応援キャンペーン」のwebサイト作成・管理、チラシ作成、宣伝などを手がけたのだが、今年もキャンペーンを開催することになった。今年は昨年より参加者が増えて、バラエティ豊かである。

おかげさまで、熊毛地区の事業者にだいぶ詳しくなった。なかには、「こんな事業者があったのか!」という発見もある。先日取材をした主婦は、家でハーブソルトを作っていて、すでに通販で2万袋も売り上げたという。すごいなあ。

宇部や広島など、遠方からわざわざ車の修理に来る人もいるという車屋さんもある。どこが悪かったのか、どこをどう直したのかを詳しく報告してあげるので、車好きの人に喜ばれるのだとか。

ほかにも米粉をつかったお料理教室とか、樹木葬をする霊園とか、神の手を持つ整体師のお弟子さんとか、古民家で始めた民宿とか…。熊毛ってなかなか面白いところではありませんか。

こんな大々的なキャンペーンは、おそらく今年で最後だろうとのこと。どうぞ、去年以上に各店舗に利益がありますように!

「くまげ応援キャンペーン2」は、10月25日開始予定です。


◆ラインのノート機能を覚えました…9月15日日記
基本的に家で仕事をすることが多いので、文字を打つのはパソコンが中心だ。パソコンでは、そこそこ速く文字を打てるけれど、スマホの文字入力はめちゃくちゃ時間がかかる。メールもラインもフェイスブックも、パソコンで見るほうが多い。

移動は車なのでスマホは見られないし、用事があって出かけているので到着したらスマホを眺めている暇はない。私がスマホでよく使うのは、ナビ機能と、電話(かけ放題プランなので)、仕事で必要な写真を撮るとき。つまり、搭載されている最新の機能なんて、ほとんど使いこなせていないのである。

いま、熊毛北高校の生徒と一緒にパンフレットを作っている。写真をみんなで選ぶのに「じゃあ、自分が撮影した写真をラインに投稿して」と頼むと、「だったらラインのノート機能を使ったほうがいいですよ」と生徒が教えてくれた。コメントに投稿すると重いし、時間がかかるので、まとめて写真をアップしたいときは「ノート機能」を使うとよいそうだ。へーえ。ラインに「ノート機能」なんていうものがあることさえ知らなかったわ。

携帯を新しくしても、結局、使う機能はごく一部。いろんな機能を使いこなしてみよう…という意欲が全くわかないのが問題だ。こうして、どんどん進化するデジタル社会においていかれるのだろうか…。

そういえば「おさいふケータイ」もまだ使ったことがない。おさいふケータイを使用する人の割合ってどのぐらいになったんだろう。落ちこぼれる前に、チャレンジするべきかしら。


◆地元の高齢者が行方不明に…9月5日日記
先日、静かな八代の里の上をヘリコプターがぐるぐる何度も旋回していた。かなり低い高度で、同じところを旋回するので、「まさかエンジンが不調なのでは?」と仕事の手をとめて、しばらく窓からヘリコプターの動きを追いかけた。

ヘリコプターはやがて飛び去ったが、後日、行方不明になった八代の女性を捜索していたのだとわかった。78歳の女性が、8月30日に家を出てから、行方不明なのだとか。9月5日現時点でもまだ彼女は見つかっていない。今夜から明日にかけては台風の影響で、風や雨が強まることが予想されている。山の中などで道に迷ってしまっていたら、かなり状況は深刻だ。

女性のお子様方は、それぞれに必死で捜索されているらしい。我が家にも娘さんが「母を見かけませんでしたか?」とたずねてきた。地区一帯を1軒1軒、情報をもとめて回っているのだろう。

何か私にもできることはないかと、ツイッターやフェイスブックで情報を求めてみたが、なんの収穫もなし。田舎は高齢者が多いため、ツイッターもフェイスブックも、さほど利用されていないのである。チラシぐらいなら作れるかも…と思ったが、郵便局に行くとすでに情報提供を呼び掛けるチラシが置かれていた。

高齢の母と一緒に暮らしている私としても、他人事とは思えない。どうぞ無事見つかりますように。



◆熊毛学園の試み…8月25日日記
私の住む熊毛地区(旧熊毛町)では、地域内の小・中・高校が一体となって子どもの教育に取り組んでいこうという「熊毛学園」というプロジェクトが始まっている。中・高一貫校は最近増えているけれど、地域の学校が連携する試みは珍しいんじゃないかしら。

「熊毛学園」では、小・中・高校の教師、児童・生徒、地域住民らが集まり、熟議を行っている。先日、私にも声がかかったので、初めて熟議に参加してきた。

全体が幾つかのチームに分かれ、それぞれ違うテーマで話し合う。そのチームもさらに6〜7人くらいのグループに分かれて知恵を出し合う。私が参加することになったのは、「あいさつ」について話し合うチームだった。小学生、中・高生、教師、地域住民などが混ざったグループで各自が意見を出し合う。それぞれの意見を付箋に書き、グループのリーダーが似たような意見ごとに項目を整理して、グループとしての意見をまとめる。最後に各グループが意見・提案を発表していく。

私はかつてコミュニケーションをテーマにした雑誌を作っていたので、「熟議」には早い時期から注目していた。その熟議を広げたキーパーソンの一人、鈴木寛氏(東京大学教授、慶應義塾大学教授)に取材したとき、「熟議が重要な要素であるコミュニティスクールが5000校を超えた。地域では、熟議は根強く続いているし、広がっている」と言われたけれど、本当にこんな田舎にも熟議が根付いているんだなあ…と感心した。

一方で、熟議だけで本当に地域が変わるんだろうか…という疑問も私にはある。熊毛学園は素晴らしい試みで、是非とも今後も続けてもらいたいけれど、熟議には時間がかかるし、大胆な結論を出すのが難しい面もある。理想に燃えた強力なリーダーシップと、みんなで考える熟議、両方が同時進行するのが望ましいんじゃないかしら。

ともあれ、熊毛学園がどう発展していくのか、今後の展開を見守りたい。


◆終戦記念日に思うこと…8月15日日記
今日は終戦記念日だ。私の人生史上、いちばん戦争を身近に感じている終戦記念日かもしれない。これまで「戦争」は終わったこと、あるいは、遠い国で行なわれていることだった。「これから戦争に巻き込まれるとしたら、国と国とではなく、テロのような形になる」と言われていた時代が、うそのようだ。

これまでももちろん各地で戦争は行なわれていたのだけれど、誰もが携帯カメラで発信できる時代に起きたロシアのウクライナ侵攻は、リアルタイムで戦争の実態を知ることになり、第二次世界大戦の頃の日本を否応なく思い浮かべる。中国が台湾に攻め込む時期も遠くないとも言われている。そのときアメリカが台湾を助けに行ったら? それが日本にあるアメリカ基地から飛び立つとしたら? 中国が山口県の岩国基地を攻撃する可能性だってないわけではないのだ。精度の悪いミサイルなら、我が家に落ちてくる可能性だってゼロとは言えない。

切羽詰まった恐怖を感じているわけではないが、「これから日本で戦争なんてありえない」と信じていられた頃とは、状況がかなり変化してきている。

人間は、特殊な状況下におかれると、ケダモノになってしまう弱さがある。国も民族も関係ない。平気で人を殺し、女性を強姦する。人間らしい環境に戻ると、過去の自分の行いに苦しむことになる。

私は「戦争が起きそうなときと、言論の自由がなくなりそうな時は絶対行動を起こす」と以前から心に決めていたのだが、世の中は急激に変わることもあれば、じんわりじんわり変わることもある。急激に変わったときには、時すでに遅しかもしれないし、じんわりじんわりのときは、鈍感な私は気が付かないかもしれない。そして私には、「他国に侵略されても戦わずに無条件降伏すべきだ」と言い切るほどの覚悟もないのだ。

それでも、何の力もないけれど、「戦争はいやだ」って思い続けよう。自分が出版したいものは、誰がなんと言っても出版し続けよう。私がマスコミを志したのは、何かがおきたときに、「嫌なことは嫌だ」「おかしいことはおかしい」と言うためなんだもの。


◆昔の名前で出ています!?…8月5日日記
とある仕事で、女子高校生たちと一緒に小冊子を作ることになった。先日の顔合わせで自己紹介をしたのだが、「読み方が分かりにくいかもしれないので…」と女子高生たちが次々にスマホに自分の名前を表示したものを見せてくれた。なんて新鮮な自己紹介!

みんな少女漫画の主人公のような可愛らしい名前で、確かに読むのが難しい。「○○子」なんて名前の子は全然いない。私がウメとかトメなんて名前を「古い名前」だと感じるように、いまの女子高生は「○○子」を古い名前だと思うんだろうなあ。

友人曰く、「いまどきの名前はキラキラネームだけど、昔風の名前はしわしわネームって言うみたいよ」とのこと。ネット検索したら、本当に「しわしわネーム」って言葉が出てくる。名前までしわしわにしないでくれ〜。

別の知人曰く、「子がつく名前もあるみたいですけどね、最近は2文字が多いみたいですよ。たとえば亜子とか」。そういえば皇室の世界も「眞子様」「佳子様」だったものね。

弘中百合子じゃなくて、弘中百子ならいまっぽい? うーむ。全然若々しい名前に見えないのはなぜかしら?


◆医学の常識は少しずつ変わっていく…7月25日日記
以前私は直腸に「カルチノイド」(正式名称は、NET<神経内分泌腫瘍>)という悪性腫瘍ができたことがある。大腸の内視鏡検査でポリープが見つかって切除し、調べたら「カルチノイド」だったのだ。もう切除したんだからいいだろうと思っていたら、「再発予防のために追加手術を」と勧められた。その時医者には「再発率20%。再発したら命に関わる」と言われたが、手術後の排便障害などの後遺症を考えると、私は手術に踏み切れず、「経過観察」を選択した。(詳しいいきさつは、弊社発行の『大腸がん』の本の中に書いてあります)

私の「カルチノイド」は大きさが7mm、悪性度は低く、リンパ管侵襲もなかった。唯一「静脈侵襲」があったことで、手術の対象になってしまったのだ。

それから約7年。おかげさまで私は元気である。「カルチノイド」は患者数が少なく世の中にでまわっている情報も少ないので、私と同じ状況の人は、「手術すべきか、経過観察にすべきか」と今も迷ってしまうようだ。『大腸がん』の本を制作したとき、カルチノイドについても取材したが、カルチノイドの再発予防手術に関しては、医者によっても真っ二つに意見が分かれているとのことだった。患者数が少ないので判断しかねる…というのが実情なのだろう。

そんな医者たちが頼りにするのが医者向けのガイドラインである。ガイドラインでは一つでも危険因子があったら手術をするのが標準治療になっており、世の中の多くの病院は、ガイドラインに沿って患者に手術を勧めている。(外科的切除・根治的手術)

つい最近知ったのだが、2020年大腸癌研究会が、全国の病院にカルチノイドのリンパ節転移の危険性についてアンケート調査を行っている。その要旨を見てみると、腫瘍の大きさや、悪性度、浸潤の深さ、リンパ管や血管浸潤などの危険因子が1つか2つの場合のリンパ節転移は約20%、3つ以上あると60〜75%。危険因子が多いほど、転移の危険性は大きくなる。研究のテーマはそこにあるらしい。

が、私が気になったのは、実際に再発した人の数だ。「内視鏡切除後に追加の治療を受けなかった結腸直腸NET患者254人のうち、1人はリンパ節再発を経験した。さらに、外科的切除後、5人の患者が肝転移を経験し、3人が局所再発を経験した」とある。こういう具体的な数字はありがたい。追加手術を受けなかった患者でリンパ節再発は1人だけ。追加手術をしたのに肝転移した人が5人、局所再発が3人。もちろん、よりリスクを感じる人が外科手術を受けたのだろうけど、この数字からは手術のメリットが感じられない。

別のグループの研究結果も紹介されていて、それには「最近の系統的レビューでは、リンパ管浸潤を有する直腸NETs患者が良好であり、1022人の患者において再発のわずか0.3%であったことが報告され、内視鏡的切除で治療されたLVI陽性の小型直腸NETsに根治的手術の完了が絶対に必要ではないと結論付けた。しかし、彼らはまた、外科的切除を伴わない直腸NETs患者の再発遅延を評価するために、10〜20年の長期追跡調査が推奨されると付け加えた」とある。もっと長い期間の調査が必要ではあるけれど、手術を絶対視しない論文も出てきているようだ。静脈侵襲の事例ではないが、参考になる。

ただ、こうした論文が世の中に広まるのには時間がかかる。世の中の多くの病院では、しばらくは一つでも危険因子があれば、手術を勧められるのだろう。とにかく命を守るために何かする、という点では、間違いとは言えないけどね。


◆安倍元総理銃撃の衝撃…7月15日日記
安倍氏が応援演説中に銃撃されて死亡してから1週間。あれだけの大物でも、こんなに簡単に亡くなってしまうのか…と命のはかなさを感じている。

ちょうど今幕末の頃の歴史を読んでいるのだが、幕府に殺されたり、自害したり、暗殺されたり、戦死したり…、あの人もこの人も若くして亡くなっている。150年くらい前(明治維新前後)には、日本人同士で殺し合っていたのだ。

ロシアのウクライナ侵攻を見ても思うけれど、世の中の仕組みが大きく変わっても、昔と今で人間の本質はあまり変わっていない。日頃は見ないようにしているが、人間の中には愚かで暴力的なものが内在している。

最近の日本で目立つのは、追い詰められた人間の一部が、ためこんでいたものを爆発させるケースだ。自分自身にも絶望し、他人をまきこむことを躊躇しない。実際に事件を引き起こす人が氷山の一角だろうと思うと、平和の日本の中に暗い闇を感じる。

一方で、ある外国の人には「銃撃があっても、誰も逃げようとせず、その場に立ち止まっている。日本が安全な証拠だ」と言われた。確かに日本人はみんな銃撃慣れしていない。海外でテロに巻き込まれたら、真先に犠牲になってしまいそうだ。本来は危機管理なんて考えなくてよい世の中は幸せなのだろうと思うけど…。

安倍元首相死去のニュースを見ていると、悲しさ、寂しさ、怒りがこみあげてきて、私は意外に安倍氏が好きだったんだなあと思った。政治的考え方については、賛同できる面も、賛同できない面もあったけれど、やはり地元出身という親近感が大きい。保守派筆頭の政治家だが、家では、夫人の行動を縛る様子もなく、「家父長」という感じはしなかった。葬儀では夫人が亡骸に頬ずりしたと伝えられているから、本当に仲がよかったのだろう。

昭恵夫人は葬儀で吉田松陰の言葉を引いて、「10歳には10歳の春夏秋冬があり、20歳には20歳の春夏秋冬、50歳には50歳の春夏秋冬があります。(略)本人なりの春夏秋冬を過ごして、最後、冬を迎えた。種をいっぱいまいているので、それが芽吹くことでしょう」とあいさつしたという。

普通の人よりも、各季節の色が濃い人生だった。ご冥福をお祈りします。合掌。


◆もうすぐ参議院議員選挙なのだけど…7月5日日記
7月10日は参議院議員選挙…なのだが、田舎にいると、なんだかちっとも盛り上がらない。選挙カーもほとんど来ないし、テレビで見ながら「ああ、選挙やってるんだあ」という感じ。ウクライナの戦争を見るのと距離感はあまり変わらない。※個人的感想です。

政治にはそれなりに関心を持って生きてきたつもりなのに、ここに来て本当に、誰に投票したらいいのかわからなくなってきた。これでは「選挙なんて興味なーい」と言っている人達と変わらないではないか。

消費税を下げます。教育費を無料にします。医療費も無料にします。防衛費を上げて日本を守ります。10万円の給付金を払います。どの政党も「あれをしてあげる」「これをしてあげる」と言うけれど、どの候補者も遠く感じる。自分たちの代表という感じがしないのだ。

新聞に「参議院選挙はくじ引きにしたほうが公平にいろんな立場の人が代表になる」という意見が紹介されていた。以前は国会議員はちゃんとした見識のある人がなったほうがいいから、くじ引きなんてとんでもないと思っていたけど、最近くじ引きも悪くないかも…と思い始めている。女性も若者も非正規社員もフリーランスも自営業者もブラック企業に勤めるサラリーマンも零細企業の経営者も派遣社員も日雇い労働者も農家も教師も看護師も介護士もマスコミ人も公務員も主婦も研究者も技術者もIT系エンジニアも…、とにかくいろんな人が混ざっていたほうが、「私の代わり」と思える人が見つかるかもしれない。

裁判員制度だって、最初は一般人が人を裁くなんてとんでもないと思ったけど、意外にちゃんと機能しているみたいだし…。誰を入れるかもあみだくじで決めようかなあ…(←うそです)


◆素敵な偶然…6月25日日記
先日、自費出版本を出したいという人から相談の電話がかかってきた。そのとき、私は東京から来たお客様を案内するために湯田温泉にいた。「お住まいはどちらですか?」と聞くと、「湯田温泉です」とのこと。あらま! そんなわけで、お客様を見送ったあと、そのままその人のご自宅にお邪魔して打合せ。人生ではこういう偶然がよく起きる。

私だけではなく、多くの人に起きるから「偶然」という言葉があるのだろうが、偶然ってどうして起きるんだろうと、時々思う。(たまたま起きるから「偶然」なんだけどね)

たとえば、「セロ弾きのゴーシュ」のイラストをお願いしたら、イラストレーターさんが「僕、卒論が宮沢賢治だったんです」とか。釈徹宗さんというお坊さんにちょっと興味があって会いたいなあと思っていたら、なんと私の地元の八代のお寺の行事(新しい住職をお披露目する行事)にゲストでいらしたりとか(八代のお寺の先代住職と同じ学校の同級生という縁らしい)。大切な取材なのに飛行機に乗り遅れてしまったとき、たまたま飛行機がエンジントラブルを起こして引き返してきて乗ることができ、取材に間に合ったとか。

確率で考えれば、ありえないほど小さな確率(「奇跡的」と言えるかもしれない)なのに、なぜか偶然、ラッキーなことが起きる。ちょくちょく起きる。これはどういうことなんだろうと、いつも不思議に思う。

クリスチャンの友人は「それは、神様の力よ」と言う。でも私はクリスチャンじゃないし…。

「セレンディピティ」という言葉もある。ウィキペディアによれば、「素敵な偶然に出会ったり、予想外のものを発見すること」らしい。きっと誰もが素敵な偶然に出会っているんだろうなあ。素敵な「偶然」を「必然」にする人が、世の中で成功するのかしら…。


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