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ロゼッタストーン日記

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第22部 「一隅を照らす」


女編集長起業奮戦記
ロゼッタストーン日記
ついに書籍化!
「ロゼッタストーン日記」第1部(ロゼッタストーンは本当に創刊できるのか)が、
『女編集長起業奮戦記』という本になりました!
>>詳しくはこちら

いつもご愛読ありがとうございます。

昨年、比叡山延暦寺に紅葉を見に行き、「一隅(いちぐう)を照らす」という最澄の言葉を知りました。「自分自身が置かれた場所で精一杯光り輝くように努力せよ」といった意味のようです。

螢の光くらいの小さな光かもしれないけれど、私も「一隅を照らす」ような生き方がしたいなと感じました。というわけで、今年のテーマは「一隅を照らす」。具体的には、山口県の著者が全国デビューできるようサポートします。さてさて、実現するのでしょうか?

今年もロゼッタストーン日記をよろしくお願いいたします。

ロゼッタストーン 弘中百合子


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◆咲いた咲いた桜が咲いた…4月5日日記
八代はいま桜が満開だ。我が家(兼我が社)の裏は公園になっていて、そこは川沿いに桜がずらりと並んでいる。家の前の道路にも桜の木があって、遠くから見ると、私の家のまわりを桜が囲んでいるように見えるのだ。なんて贅沢なんでしょう!

お天気のよい日に桜の花の下を散歩するのは、最高に気持ちがいい。残念なのは、父親の施設がコロナの影響で面会禁止になっていて、父を散歩に連れ出してあげられないこと。今年もお花見ができると思っていたのにな……。

桜が他の花と違うのは、「来年もこの桜を一緒に見られるだろうか」とか、「あと何回この桜を一緒に見られるかしら」などと、思ってしまうこと。日本人にとって、桜はやはり特別なのだ。

前回書き忘れたけれど、八代のナベヅルは3月24日に無事シベリアへと旅立っていった。この冬は渡来鶴が13羽、怪我をして保護していた鶴を放した放鳥鶴が5羽、合わせて18羽の鶴が八代の里で冬を過ごしたのだ。昨年は9羽だったから、なんと倍増。暖冬で来る時期は遅かったけど、結果的にはいつもよりたくさん訪れてくれた。

今年は久しぶりにカギになったり棹(さお)になったりして飛ぶ鶴の編隊を見ることができた。鶴見客も例年より多かったようだ。

途中縄張り争いもあったようだが、最後は18羽が仲良くいっせいに飛び立って、めでたしめでたし。あとは、来年も八代に来てくれるかどうかだ。もともと放鳥鶴は、出水からもらいうけたものなので、みんな一緒に鹿児島県の出水に行ってしまう可能性もあるのだとか。帰ってきてほしいなあ。

ある時期、八代小学校では、保護者も一緒に出水市の鶴見学ツアーに行っていたという。八代では、鶴を刺激しないよう鶴に近づかないように心配りしているのだが、出水では、トラックで豪快に餌をまき、それに鶴が群がってくるのだとか。「鶴のイメージが全然違っていて、カルチャーショックだった」とツアー体験者が教えてくれた。八代では鶴は宝だからね。

『嫌われ者のすすめ』『拍手という花束のために』『僕が元気にヤセた理由』などの著者で、ロゼッタストーンと関わりが深かった元キャラメルボックスプロデューサーの加藤昌史さんが、ラーメングループ「ムタヒロ」の運営会社・株式会社グレートスマイルの広報室長に再就職したそうだ。
https://spice.eplus.jp/articles/267085?fbclid=IwAR3qTxAvWxISHj3ZLjrgFJEL3JBr6pZshEc3m3b_omObtiRW7jNnXXPwcXU

キャラメルボックス破産後、情報発信を停止していたので心配だったのだが、元気そうな写真を見て安心した。もう加藤さんがキャラメルボックスを復活させることはなさそうだけど、ラーメン大好きな加藤さんにとっては適職だと思う。新しい出発をかげながら応援したい。加藤さんがんばれ〜。


◆「おめでたい」話?…3月25日日記
知人に勧められて、NHKラジオのインターネット放送「らじるらじる」の「日曜カルチャー」で、社会心理学者、加藤諦三先生の講演を聴いた。これがとても面白かった。昔からたくさんの著書を出されている先生だが、まだお元気に活躍されているんだなあ。

テーマは「幸福について」。記憶力がよくない私が、お布団の中で半分眠りながら聴いていたので、勘違いしているところも多いかもしれないが、私なりに解釈して要約すればこんな話。

※  ※  ※

昔と今では、生活はがらりと変わったが、人々が幸せになったかというと、そうでもない。ひきこもりや、虐待、育児ノイローゼなど、多くの問題が出てきている。日本人は非常に悲観的な国民で、「将来自分の生活がよくなる」と思っている人は、世界のなかでも目立って少ない。

幸せというのは、「これとこれとこれが満たされれば幸せ」というようなものではなく、個人の性格による部分が大きい。人間は意識しているものよりも、無意識のものが大きい。たとえば、アルコール中毒の夫と離婚した妻が、「もう二度とアル中の男はごめんだ」と言いながら、再婚した相手がまたアル中だったりする。これは、意識としては「もう嫌だ」と思っても、無意識の部分で、「私はアル中のような男でないと付き合えない」と思っている。無意識の部分に気づかないと、人は幸せになれない。

不幸せな人間は、実は心の中に隠れた怒りをためこんでいる。母親にかまってもらえない子供は、心の中に怒りをためるが、母親に見放されると生きていけないので母親に従う。「不満」と「不安」があれば、「不満」を選んでしまう。

悲観的な人間は、うまくいかない原因を自分の弱点と結び付けて考える。契約が取れなかったら、「自分はこの仕事に向いていない。もうこの会社ではやっていけない。もう生きていけない」というふうに、どんどん拡大していく。楽天的な人間は、うまくいかなくても、その事実だけを切り離して考えられる。

いまの現状がどうであれ、物の見方次第で、人間は不幸にも幸せにもなるものだ。

(実際のお話はもっと面白いので、「らじるらじる」を聴いてください)

※  ※  ※

最近の私は、何があるわけでもないのに、朝起きて「ああ、幸せ」と感じることが多い。田舎に戻って収入は激減したし、ぶくぶく太って容貌は衰えるばかりだし、夫や子供がいるわけでもないし、悲観的な人間だったら「不幸」になる要素はたくさんあるのだけど(笑)。なんたって、天才的な忘却力で、心の奥に怒りをためこんでいないものね。うまくいかないことがあっても、「こっちの方向が正解じゃなくて、きっと違う正解があるんだな」と、都合よく解釈してしまう。この楽天性も幸せの秘訣だ。周囲がどう思うかは別として、「おめでたい」人間は、人生を楽しく生きられるのだ。

もっとも、例えば国のリーダーの場合は、あまり楽天的では困る。常に最悪の事態に備えて、早め早めに対策を打ってくれないと。

世の中には、やっぱり楽天的な人間も悲観的な人間も必要なのだ。(と、結局、楽天的な結論で終わるのであった)


◆パンデミックの謎…3月15日日記
WHO(世界保健機関)は、新型コロナウィルス感染が「パンデミック」(世界的大流行)になったと表明した。いろいろな報道が飛び交っているが、日本の現状がどうなっているのか、どうもよくわからない。

感染を判定するPCR検査を実施した数が、お隣の韓国と比べても極端に少ないことから、「実際にはもっと感染者がたくさんいるはず。PCR検査の数を大幅に増やさなければだめだ」という声がある。一方で、「重要なのは重症者の命を救うこと。陽性の人が増えて病院がパンクすると、医療崩壊が起きる。検査は本当に必要な人に絞るべきだ」という意見もある。

日本の死者数があまり増えていないところを見ると、かろうじてコントロールできているのかな、と思う。けれど、検査が十分でないのなら、新型コロナだと気づかれないまま亡くなった人もいるのかも…と思ったりもする。

クルーズ船やライブハウスでは感染力の強さを見せつけたのに、満員電車でそんなに感染が広がっているようすがないのも謎だ。東京にいる友人の話だと、「電車の中では誰もしゃべらない」と言っていたから、意外に飛沫感染がないのかしら。それとも、感染経路がたどれないだけ?

マスクがいつまでたっても市場に出回らないのももどかしい。病院や介護施設でもマスクが足りないような状況なのに、なぜもっとマスクの製造が増えないんだろう。マスクの製造機械って短期間に作れないんだろうか。

どんなに田舎にいても、パンデミックの恐怖は忍び寄って来る。ほとんど人混みに出掛けることがない私の母親でさえ、先日、「何かのときに備えて…」と、手作りマスクを作っていた。

いつになったら収まるのか。そこが一番知りたいところだ。


◆二度あることは何度ある?…3月5日日記
新型コロナウィルスの感染者がついに山口県でも見つかった。マスク不足やトイレットペーパー騒動、休校にイベント中止…、新型コロナウィルスの影響は地方でも大きい。感染は世界各地に広がっていて、このままだと東京オリンピックの開催が危ぶまれる。

そもそも今回のオリンピックはトラブルが多い。新国立競技場は決定していたザハ・ハディド案ではコストが高いと再コンペで設計者が変わったし、エンブレムは盗用騒ぎで別のデザインになった。マラソンは高い気温が問題になって、突然東京から札幌にコースが変わった。「どんでん返し」の連続である。

有力な水泳選手が重い病気になったり、金メダル候補のバドミントン選手が海外で交通事故にまきこまれたり、選手を襲う不運も続いた。一つ一つの出来事は、まったくバラバラに起きているのに、まるで神様が意地悪をしているみたいである。

お風呂のなかで、ぼーっとそんなことを考えていたら、とんでもない妄想が浮かんできた。まだ存在が知られていない「どんでん返し」菌が広がってきているのではないか。みんなが確実だ…と思っていることをひっくり返してしまう厄介な菌だ。

今のような状況になってしまうと、次の「どんでん返し」は、新型コロナウィルスが消失し、諦めかけていたオリンピックが無事開催されること。不運にみまわれた選手も復帰して大活躍。……こんな展開になるといいのになあ。


◆著者は本のなかで生き続ける…2月25日日記
いま制作している本は、すでにこの世にいない人の本だ。自費出版で制作を頼まれたのだが、著者が重い病気で、著者校正を終えた時点で亡くなってしまったのだ。亡くなる前に息子さんに本の完成を託されたので、引き続き制作を続けている。

福沢諭吉や中原中也のように遠い昔に亡くなった人の本を作ったことはあるが、著者が途中で亡くなるのは初めての体験だ。

でも、不思議だ。著者の原稿をチェックしていると、著者が亡くなったという感じが全然しない。文章のなかに著者の思いがたっぷり詰まっていて、著者をとても身近に感じる。打ち合わせで一度お会いしたきりなのに、自分が著者の一番の理解者であるような錯覚を覚える。本の力というのを改めて発見した気がする。

現実的には、著者に疑問点を聞くことができないので、校閲、校正に少し手間取る。たとえば昭和××年(19××年)と書いてあるが、和暦と西暦で年が一致しない。固有名詞が英語で書いてあるが、片方にはgがあり、片方にはgがない。著者の記述の根拠を確認できない…など。

限界はあるが、調べられる限り調べて疑問点をつぶしていく。少しでもいい本にすることが、著者への何よりの供養になると思う。もう一つ大事なのは、この本を必要としている人に、ちゃんと届けること。限られた予算ではこれが一番難しいのだが、できそうなことは何でもやってみなくっちゃ。


◆どうして痩せない!?…2月15日日記
今年から「1日16時間は何も食べない」半日断食ダイエットを開始した。……が、朝ご飯を食べないと、母親が「顔色が悪いんじゃないか」「栄養失調にならないか」とひどく心配し、朝起きるとリンゴが半個分切って置いてあったり、ゆで卵が置いてあったり…。昼夜は普通に食べているので、どう考えても栄養失調になるわけがないのだが、母の愛情には勝てず、ありがたくいただいている。

それでも、前より摂取カロリーは減っているはずだし、ちょっとは体重が減るだろう…と期待していたのに、まったく減っていない。恐るべし、私のホメオスタシス(まわりの環境が変化しても、体内の状態を一定に保とうとする働き)能力! といっても、食べれば太るのに、食べなくても痩せない。痩せそうなときだけに力を発揮するホメオスタシスだ。飢餓には強そうだけどね。

用事がなくてお天気がよい日は運動もしている。家の裏の運動場(最初は1周400メートルくらいあるかと思ったけど、やっぱり300メートルくらいかな?)を走ったり、歩いたり。1周を四角くまわり、70〜80メートルずつ走る歩く走る歩くを繰り返す。このペースが体もラクだし、時間も比較的短く済むような気がするのだ。頑張って10周まわる。歩数計で5000歩弱。大したことないけど、少しは痩せるんじゃないかと期待した私が甘かった。

少しずつでも体重が減れば、それが励みになるのだけれど、まるで効果がないと、やってもやらなくても一緒かな…という気になってくる。挫折する日は近い…!?


◆あっという間に増刷が決定!…2月5日日記
前回紹介した隅波満子さんの『パワフルばあばは元いじめられっ子』が好評である。毎日新聞、中国新聞、山口新聞、日刊新周南、読売新聞と、次々に紹介されたおかげで、続々と注文が入ってくる。いまのところ、ロゼッタストーンとアマゾンだけの限定発売なのだが、あっという間に在庫がなくなってしまい、増刷が決定した(といっても、自費出版で、もともと少部数しか印刷していないのだが)。

アマゾンでは、現在「その他の語学・教育関連書籍」部門で、堂々2位である。書店で売っていないこともあって、ロゼッタストーンに寄せられる注文のペースは『大腸がん』を上回る。自費出版なのに、素晴らしいではありませんか。

「今、いじめられて苦しんでいる子に読んでほしい」と願って書かれた本ではあるが、購入してくださるのは年配の女性が多いようだ(新聞を読む人の年齢層が高いからかもしれない)。「すばらしい人生に感服しています」「いま2回目を読んでいます」「あっという間に読み終わりました」「曾孫に贈ります」など、感想もいただいている。自分と同世代の女性が書いているので、共感できる部分が多いのだろう。著者の希望で文字を思い切り大きくしたのも、読みやすいと喜ばれている。

周南市の中央図書館、岩国市の中央図書館からも注文をもらった。ロゼッタストーンでは、『パワフルばあば…』の売上金で、山口県の小中学校に本を寄贈するキャンペーンを実施中。この調子で売れて行けば、近いうちに下松市と光市ぐらいには寄贈できるかしら…。

増刷したら、周南市の書店にも少しおいてもらおうかと思う。この本が小さく産んで大きく育てる成功例にできるといいのだけど。


◆『パワフルばあばは元いじめられっ子』…1月25日日記
山口県に帰ってから、地元の人たちの本の出版をお手伝いしようと「自費出版」を本格的に始めた。その第1号『パワフルばあばは元いじめられっ子』を今月27日から発売する。ロゼッタストーンwebとアマゾンだけでの試験的な発売だ。

著者は、周南市の隅波満子(すみ はまこ)さん。以前、ロゼッタストーンが新聞で紹介されたのを読んで、昨年9月頃、連絡をくださった。

「体が思うように動かせなくなったから、本でも書いてみようかと思って…」と隅さん。以前にも、飼いネコの視点で身の回りの生活を描いた『にゃん太物語』という本を自費出版したことがあるそうだ。

80代の隅さんだが、人生でいちばん辛かったのは、中学時代だという。「せいたかのっぽの電信棒…♪」と、毎日男の子たちにからかわれ、いじめられ、「死にたい」とまで思ったそうだ。いまも、学校で「いじめ」は深刻な問題だ。今回は、いま苦しんでいる子供たちに向けて、「生きているといいことがあるよ」というメッセージを伝えられるような本をつくろうということになった。

テーマが決まってからが早かった。お会いしてから1〜2週間で原稿が届いた。「もっと、このあたりを膨らませてほしい」という要望を書き送ったら、また1〜2週間で追加原稿が届いた。半年くらいかかるかな…と思っていたのに、とんでもなく速かった。なんどか校正を繰り返し、11月の終わりには原稿が完成。12月には本ができあがった。パワフルばあば、恐るべし。

「なるべく大きな文字にしてほしい」というリクエストがあったので、本の文字はかなり大きめだが、104ページのちゃんとした本だ。しかも、内容が面白い。(ご本人にとって辛い内容が含まれているので、「面白い」という表現は適切でないかもしれないが、とにかく最後まで読ませる力がある)

出だしは、隅さんの父親が猟銃で自殺した場面から始まる。それから知らない男の子がいきなり家族の一員になり、中学卒業と同時にその子と結婚することになり…と、隅さんの波瀾万丈の人生が語られる。中学時代にいじめの原因になった「背の高さ」は、大人になって始めた社交ダンスでは、隅さんを輝かせる武器となる。

隅さんの著書は、周南市の小中学校41校に寄贈される。27日、周南市が教育長への贈呈式を開催してくれることになった。この本が、いじめで苦しんでいる子供たちが「今」を生き延びる力になりますように。

隅さんが今回出版したのは100冊。今後はロゼッタストーンが隅さんの思いを引継ぎ、寄付金やこの本の売上金で増刷して、山口県内の他市町村の小中学校にも寄贈していければと思っている。

協力していただける方は、弘中までご連絡くださいませ。


◆今年のおみくじは「大吉」でした!…1月15日日記
今年になって、今シーズン第4陣となるナベヅル3羽が飛来し、八代のナベヅルは渡来ツル10羽、放鳥ツル5羽の15羽となった。

さっき鶴の鳴き声がするので外を見たら、ナベヅル7羽が「カギ」(平仮名の「く」のような形)型に編隊を組んで飛んでいた。ある程度数がまとまらないと「カギ」にならないので、この冬初めて見た光景だ。

今年の初詣でひいたおみくじは大吉。しかもおみくじに書いてあった歌は、「朝日かげ たださす庭の 松が枝に 千代よぶ 鶴のこえの のどけさ」と、八代に住む私にぴったりだった。なんだかいい年になりそうな気がする。

今年の目標は「“山口出版チャレンジ”を成功させること」「体重を10キロ減らすこと」「ピアノで“子犬のワルツ”を弾けるようになること」。

とはいえ、「半日断食+ウォーキング&ジョギング」ダイエットは、まだ一向に効果が出ていない。1か月1kgくらいは減るんじゃないかと期待していたのだが、半月経ってもまったく痩せる気配がない。なんでやねん。まあ、毎年お正月には体重が増えていたので、今年は増えなかっただけでヨシとするか…。

ところで最近神社に行くと「二礼二拍手一礼」という礼拝作法がけっこう浸透している。しばらく前までは、二拍手して拝むだけの人が主流だったような気がするのだが、神社による宣伝が普及してきたのだろうか。個人的には、二拍手には抵抗がないのに、二礼をするのが少し気恥ずかしい。日常の動作のなかで、続けてお辞儀をする場面がないからかしら。

まあ、周りに合わせて、私も最近「二礼二拍手一礼」するようになったけどね。


◆ダイエット開始しました…1月5日日記
田舎に帰ってから運動不足が続き、体重の増加が止まらない。とうとう健康診断でも「あと8kgくらい痩せたほうがいいですね」と言われる始末。そんなわけで、人生で何度めかわからないけれど、またまた本格的にダイエットを始めることにした。

試し始めたのは、「半日断食」。「1日16時間は何も食べない」というダイエットだ。体にいいのか悪いのかよくわからないが、弘中家の朝食は午前11時頃。夕食は17時頃なので、朝ご飯さえ食べなければ、余裕で実現可能なのである。とはいえ、心配する母親が「りんごぐらい食べたら?」「あんたの分の茶粥も炊いたよ」など何かしら食べる物を用意しようとしてくれるので、「完全半日断食」は難しいのだが、これまでよりも摂取カロリーは減っているはずだ。

今年は暖かくお天気がいい日が続いているので、「半日断食」に加えてウォーキング&ジョギングも始めた。

うちの裏には、行事以外ではほとんど使われない広い運動場があるのだ。たぶん1周400メートルぐらいのグラウンドを4分ぐらいかけて歩く。時々走ってみるが、走ると1周3分ぐらい。めちゃくちゃ遅いペースだが、日頃が運動不足なので、続けて走るのは400メートルぐらいが限度である。

昨年、姪の孫たちが遊びにきたが、全力疾走のスピードがちょうど5歳の女の子と同じぐらいだった。せめて小学2年生ぐらいのスピードが出せるようになりたいものだ。

朝走っていると、鶴が鳴きながら頭の上を飛んでいくことがある。鶴は朝ねぐらからエサ場に移動し、夕方またねぐらに帰る。朝は飛んでいる姿が見られるよい機会だ。もしかしたら、鶴のほうも、「珍しいものが走っている」と文字通り高見の見物をしているのかもしれないけどね。

誰もいない運動場で、太極拳もやってみた。広々とした場所でやる太極拳はとても気持ちがいい。見物人は鶴だけという優雅な環境だ。

このまま半日断食と運動を続ければ、1か月に1kgずつぐらいは痩せるんじゃないかと思うんだけど、どうだろう。この後の報告をお楽しみに。


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