●選んだテーマ「品格」
『学問のすすめ』は明治の黎明期に分冊発行された驚異的ベストセラーではあるものの、私は「天は人の上に人をつくらず」の一文しか承知しなかったのですが、読み進めるうちに、各文章が往時とのタイムラグを感じず、今日的課題をも包含していることに驚きながら新鮮な思いで、ページをめくっていきました。
さて、読み終えて私は仕事をとおして関係が深い第八章品格に強く引きつけられました。人は、自己の限られた生涯を過ごしながら、長い歴史の中で次々に生命のバトンを引き継いでいくという二つの側面をもっています。人として生まれたこと自体希有なことなのに、諭吉は食べていくだけなら獣でもできると切りました。生きる目的を感じていると思っている人でも、茫洋と個人的な活動だけに終始している人は多いと思われます。さらに氏は、一身の衣食住を得て満足するだけなら人間の生涯はただ生まれて死ぬだけだと厳しく正しています。明治以降の発展により成熟した現代社会は、随所で社会疲労ゆえのひずみや人間関係の軋轢が見られます。こうした日常のできごとを氏が視たら、きっと人間の業とは思えないと嘆くことでしょう。
さらに氏は、我々の責務は今日この世において我々が生きた証を残し、これを遠く後世の子孫に伝えるという一事にあると説いています。今日の児童生徒に将来の夢を聞くと、一世代前より夢がしぼんできたと言われます。でっかい夢ではなく、自己の生活範囲の境界線部分から大きく逸脱しない夢が増えてきたというわけで、世はこれを「内向き」とか「草食系」というのでしょう。もちろん努力しても自己実現できない閉塞感のある社会が原因であることも考えられますが、若者が日々の努力で自己有用感を得て、堂々と人生を切り拓いていくことのできる社会を一刻も早く再創していかなければならないと考えます。
しかし、氏の言う、生きた証を後世に伝えることが人間の責務であるとするなら、孔子の「憤せずんば啓せず」ということばのように、問題意識をもって自ら取り組もうという情熱がない者には何を教えても身に付かないともいえ、根本は心や信念に裏打ちされた品格にあるとも考えます。
品格は、先哲に倣う学問だけでは身につかず、何かに触発されて育っていく人間力であると確信しています。日常茶飯事で満足したり低次のレベルで他人と比較することで拘泥したりせず、常に自己を分析的に見つめ、崇高な目標を見つめて、それとの相違点を課題としてとらえ自己を昇華させていく営みが品格をつくる上での要諦だと考えます。
このようなことから、社会が各領域での教育をとおして個の品格づくりに積極的に寄与し有為な人材を育成するのか。個が志を立てて、内発的に自己レベルを上げて品格を磨き有為な人材となるのか。どちらも現時の社会や人が忘れている国家の根幹づくりの要素であると考えます。国家も個人もめざすところを見つけられずさまよっている現代社会を甘受せず、盛んに経綸を行った往時に思いを寄せる契機となる良書でありました。
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