真夜中の虹(page 25/280)[真夜中の虹]
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概要:
25葡萄を食べていた。もともと太めだった姉の身体は病気と薬のせいでふた回りも三回りも膨らみ、動作は老人のように緩慢で、象がゆっくりと鼻で餌を掴つかむように葡萄を口に運んでいた。三つ、四つ、口に入れ、また....
25葡萄を食べていた。もともと太めだった姉の身体は病気と薬のせいでふた回りも三回りも膨らみ、動作は老人のように緩慢で、象がゆっくりと鼻で餌を掴つかむように葡萄を口に運んでいた。三つ、四つ、口に入れ、またゆっくりと手を伸ばす。指先が葡萄の房にかかったその瞬間、ドーン!!まるでスローモーションのように姉は倒れた。何が起きたのかわからずにただ固まっていると、肥った姉の手足が痙攣を始め、口から泡のようなものを吹き出した。それは、瀕死の象のようだった。どこからか母が飛んできて、姉の口にスプーンを突っ込んだ。「救急車!一一九番!!」母が叫んだ。僕は凍り付き、兄がダイヤルを回した。救急車で日赤病院に運ばれた姉は、病名がわからないと言われた。それから何カ所か病院を変え、最終的に膠原病と診断された病院で二年後に死んだ。「十五、十六、十七と私の人生暗かった……」当時流行っていた藤圭子の歌と重なるように、姉、直美の人生も暗かった。もうひとつ流行っていた曲に、ヘドバとダビデが歌っていた「ナオミの夢」があった。「ナオミ・カムバック」というサビのフレーズがテレビから流れてくる度に母の背中は硬くなり、僕の身体はキーンとなった。「ナオミ・カムバック」という罪なフレーズに、母は何を思ったのだろうか…。姉の死後、母が叫ぶことは二度となかった。