真夜中の虹(page 188/280)[真夜中の虹]
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188まり言葉にしたことのない単語が、日常の生活でも普通に口から出てくるようになっていた。いま思うとこの頃の僕は漢方の若先生や三輪山信仰に、嵌はまるというよりかなり依存をしていた。あらゆることを若先生に....
188まり言葉にしたことのない単語が、日常の生活でも普通に口から出てくるようになっていた。いま思うとこの頃の僕は漢方の若先生や三輪山信仰に、嵌はまるというよりかなり依存をしていた。あらゆることを若先生に相談し、言葉を仰ぎ、言われるままに動いていた。僕がそうなったのには理由があった。この若先生を中心とした信仰集団は「〇〇講」という名前で、若先生はそこの講元と呼ばれる代表だった。その講には門外不出の書があった。あるとき特別にそれを見せてもらった。そこに書かれてあったのは、若先生が神様から授かった「言葉」だった。ああ、この先生は神様の言葉がわかる神様のお使いなんだと、本気で信じた。その頃は相当に心が弱っていたんだと思う。そうして何かを信じ切ることで、目の前の悩みや問題から逃げていたのだ。いまだったらきっと、オッサン何言うとんねん、そうツッコんでいたと思う。でも、その依存に気がついたのは、講に入会してから四、五年経ったあとで、この頃はまだ神様と若先生を一緒にして信じていた。神様から授かったという「言葉」を読んでからの僕は、前にもまして信仰に力を入れた。家に神棚を作り、朝晩二十分の鎮魂の行、一カ月に及ぶ氷川神社の早朝参拝も行った。これは、始発に乗って埼玉の大宮まで行き、氷川神社でお参りして帰ってくるという、お百度参りみたいなものだった。夜型の僕にとっては辛いはずなのに、使命感という魔力に支配され、毎朝嬉々として出かけていった。