真夜中の虹(page 157/280)[真夜中の虹]
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概要:
157このように役者にとってはとても不利な舌なのだ。しかし、それを個性というひと言で片付けてしまう人もいるから、この世界は面白い。だけど、今回の役は、個性だから、味だからとすまされる役ではなかった。ヘレ....
157このように役者にとってはとても不利な舌なのだ。しかし、それを個性というひと言で片付けてしまう人もいるから、この世界は面白い。だけど、今回の役は、個性だから、味だからとすまされる役ではなかった。ヘレンケラーの兄、ジェームズ・ケラー、そんな大役に抜擢されたのだ。この役は父親との確執に悩むナイーブな二枚目青年の役、言うなれば「エデンの東」のジェームズ・ディーンだ。「ラクダ」を「ダクダ」と言って許される役ではない。ここはひとつ何か手を打たないと…。僕はなるべく喋りやすくしようと、舌の付け根にメスを入れ、舌小帯をできる限り切り取ることにした。舌の付け根の手術は想像を絶するくらい痛かった。あまりの痛みに思わず看護婦さんの腕を思いっきり掴つかんでしまい、看護婦さんは悲鳴をあげた。それでも、そのおかげで僕の舌は滑らかに喋られる舌に生まれ変わった…。というのはウソで、術後も舌は滑らかにはならなかった。結局、二枚目調の台詞と大格闘することになり、生まれて初めて発声練習なるものに真剣に取り組んだ。何とか滑らかな喋りにならないかと、稽古場に一番に行っては、あ・え・い・う・え・お・あ・お…、それを必死になって何度も繰り返した。しかし、生まれ持った体の機能を変えることは不可能で、舌の問題は何も解決しないまま、本番の日がやってきた。こうなったらあとは勢い、失敗しようが何しようが最後まで突っ走るだけだ。運を天に任せた。