真夜中の虹(page 147/280)[真夜中の虹]
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概要:
147打ち上げのときだった。監督は突然「引退します」と言った。まぁ、本気だったのか、冗談だったのか、いまとなってはわからない。いま思えばこの頃だ、監督の頭が壊れ始めたのは…。監督の「引退」発言を聞き、と....
147打ち上げのときだった。監督は突然「引退します」と言った。まぁ、本気だったのか、冗談だったのか、いまとなってはわからない。いま思えばこの頃だ、監督の頭が壊れ始めたのは…。監督の「引退」発言を聞き、とても悲しくなった。この人がもう作品を作らないのなら、僕も役者を続ける意味はない。もちろん監督に対する熱は随分と冷めてはいたが、この人が監督として成立しない世界なら、僕なんかがこの先、やっていけるわけがない。もうわけがわからなくなり、マイクが回ってきたとき、僕も「引退する」と言ってしまった。しかし結局、監督も僕も引退することはなかった。その日を境に、僕は完全に自分と河合監督との間に一線を引いた。数カ月経ったある日、監督から舞台の仕事のオファーが来た。まだ見捨てられていなかったのだと嬉しく思ったが、一瞬迷って断った。断った舞台は、皮肉にもとても面白い作品に仕上がっていた。江戸の版元、蔦屋重三郎とその周辺にたむろしていた絵師や戯作者たちの青春グラフィティ。権力に対する怒りを煮えたぎらせた、まさに河合監督健在なりと思わせる作品だった。監督はこの作品を通じて、表現には世の中を変えるだけの力がある、しかし権力はそれを常に潰そうとする、という自分の思いのたけをそのままぶつけた。僕は一観客として素直に拍手を贈った。監督と一緒に作品を作るのは刺激的で楽しいけれど、これからは客でいる方がいいと、正直に思った。